モレキュラー・シアターの魅力

モレキュラー・シアターの魅力
Michael HAERDTER ミヒャエル・ヘアター(ベルリン市芸術家会館ベタニヤン館長・ベルリン文化庁現代演劇諮問委員会委員・DAAD(ドイツ芸術交換プログラム)審査会委員)

 ヨーロッパでは依然として、日本の新しい演劇は余り知られていない。それゆえ私は、「モレキュラー・シアター」が1987年夏、国外初の公演の際、自発的にベルリンに立寄ってくれたことにとても感謝している。私共の芸術家会館ベタニヤンは、丁度大掛かりな「ギリシャ・ユーゴスラビア文化フェスティバル」の最中ではあったが、急遽、当会館のアーティスト達を招いて彼らの『f/Fパラサイト』上演と、同作の演出家豊島重之氏やプロフェッショナルな演技で私達全員を魅了した女優陣らとの長時間の懇談を可能にすることができた。
 例えば、太田省吾氏の転形劇場における精神的インテンシティ(強度)や鈴木忠志氏のSCOTにおける儀式的な古典演出、あるいは川村毅氏の第三エロチカにおける異様なダイナミズム(動的要素)を見る限り、「舞踏」以後の日本演劇は一つの新段階に入ったように思われる。その特色は、差異に富む形態・技術・芸術スタイルの多様性にある。この多様性こそ、明らかに日本の劇団ディレクターの旺盛な実験意欲と、素材と取組む上での自在さや着想の豊かさに裏づけられた創造性とに起因するに違いない。豊島重之氏の「f/Fパラサイト』もまた、こうした新しい日本前衛の一つの秀でた例として挙げることができる。

 彼は、演出家であると共に精神科医を生業としている。その意味では、建築家でもある演出家ボブ・ウィルソンが演劇的慣習に囚われず彼本来の「治療的」像形演劇を発展させたのと、比較可能ではなかろうか。即ち、豊島氏が、フランツ・カフカによる許嫁者フェリーチェ・バウアーとの書簡交換より抽き出したイメージは、人間の心の深淵への、心理学者としての洞察に多く帰依しており、そこには、人間疎外からスキツォフレニー(分裂症)やアウティズム(自閉症)に至る精神医学上の典型が舞台化されているからだ。ヨーロッパの演出家ならば古典を重んずるが余り、自制を余儀なくされる処を、豊島氏は、この一詩人と恋人との距離の遠さに、匿名の権力によって支配された現代世界の孤独を読み取り、いや、それにもまして人間関係の「寄生性」を私達の眼前に、如実に繰り展げてみせてくれた。即ち、三人の花嫁姿のフェリーチェと、「漏斗」で顔を覆われ奇怪な昆虫の様相を呈した、数倍も異様なカフカとの出会い。漏斗のために双方とも明確な像を結ぶことができず、それゆえ互いに依存しあうほかに道はないという、寄生虫と宿主にも似たこの距離感。そこでは、疎遠な関係性がかえって濃密に呼応しあうという逆説が成立っている。注入と呼出を同時に表すシンボルとしての漏斗の造形性と暗示力は、そのために最適な意匠だと思う。豊島氏は、こうしたシンボル力の強烈な描写と場の設定を、異様さ・冷たさ・奇怪なエロチシズムによって、観る者を釘づけにするサイコドラマに濃縮し、日本語を解し得ぬ者をもその魅力の虜としてしまった。

 多くの独創的な文化の中でも特に私達ヨーロッパ人を魅きつける「アジア演劇」における伝統、即ちその精神性を、このモレキュラー・シアターも受け継いでいる。古典的・現代的両形態における日本演劇の秀でた特色は、神話的・精神的・呪術的要素にあるというのが私の持論だが、『f/Fパラサイト』の魅力もまた、舞台という媒体を通して私達の感性・想像力・潜在意識を活性化し、一つの「見えざる世界」を呪術的に顕在化する処にあるということもできよう。こうした貴重な舞台体験によって私は、現代日本演劇に関するより多くの知識が、ヨーロッパ人にとっていかに有益なものかを再認識させられた。
 現在、私達は、さまざまな文化相互の世界的ネットワークをその特色とする一つの時代に突入しつつある。単なる国際文化ゴチャまぜ料理に終わらぬために、独自の文化のひたむきなエネルギーを見つけ出し、それをこの新しいネットワークの中に組入れてゆくべきだろう。「中心」の文化がその主導権を失っていく過程にあって、多様な「周縁」の力と、周縁部で起こる多様な出来事こそが、私達の注目をひくのは自然なことだ。今回、日本の周縁たる東北の劇団モレキュラー・シアターが、東京中心の文化をとびこえて、西日本の周縁文化とネットワーキングする試みは、この点においていくら強調してもしすぎることはないであろう。
 ベルリンの一文化施設の館長として、日本の前衛演劇の国際文化交流や周縁文化相互のネットワークの一端を担えるとしたら、これほど光栄なことはない。その意味でも、今後のモレキュラー・シアターの幸運なる発展と、ヨーロッパへの成功多きカムバックを期待してやまない。
1987年8月、ベルリンにて
(河合純枝・訳)

(初出:「f/F・PARASITE」(モレキュラーシアター日本凱旋公演パンフレット)/ISA/1987)

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