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ネパール400kmバスの旅
文と写真:伊達美徳 1-1●地震の国を逃れて
1-2●旅のあとづけ目的
1-3●停電の国から停電の国へ
1-4●地震大国から地震大国へ
2-1●多様な地勢
2-1●多様な民族
2-3●ゴルカ兵と戦った日本
2-4●不安定な政治 3-1●怖くて面白いいちばん前の特等席
3-2●道路は車と人と動物が入り乱れる
3-3●耕して天にも谷底にも至る 3-4●消滅する森林
3-5●畑作から稲作へ
3-6●街道筋の賑わう宿場町
4-1●豊かな水、汚れた水
4-2●土の家と木の家と
4-3●なんとまあよく働く女たちよ
4-4●村の子どもとミニミニ交流した
4-5●ネ日文化交流でちょっと謡を
5-1●地震が来たらこれは怖い
5-2●カトマンヅの街はベネチアみたい
5-3●ネパールの世界遺産は人間くさい 5-4●日本の塔・ネパールの塔 5-5●バクタプルがなかなか面白い 5-6●ヒンヅー空間をかいま見る
6-1●ルンビニはネパールだったのか
6-2●丹下健三のマスタープランはまだ進行中 6-3●不自然なる自然景観
6-4●ルンビニ博物館はインドデザイン 6-5●いまは亡き親友の仕事 まえがき 今回のネパール(カトマンヅ、ポカラ、ルンビニ)は実に刺激的であった。
ネパールは想像を超える複雑な社会である様子で、そのことが刺激的だったのだが、何か新たなことを感得するにはまだ戸惑ったままである。
特別な目的があって行くことにしたのではなかったが、ある種の期待があったのは、日本の戦前農業社会と戦後高度成長初期とを同時に見ることができて、何かを感得するかもしれないということだった。 これはおおよそは当っていて、わたしの1940年代の記憶と70年代の体験とが重なり合った風景に出会った。 数えてみると海外旅行は16回目で、訪ねた国は19だが、北アメリカとヨーロッパ諸国には何回もいった。アジアでは中国(香港、上海)、タイ(バンコク、アユタヤ)、シンガポールを訪ねている。
仕事での視察や遊びばかりで、海外に滞在した経験はないから、どこの国も通りすがりである。事前知識のないままに訪ねて、文化の違いにびっくりして刺激的であったのはブラジルである。 このネパールの旅で海外旅行は終わりだろう。もう歳が歳だから、心はともかくとしても、体力が環境の大変化に耐えられるかどうか。 いや、わたしはまだまだ大丈夫と思っているだが、思わぬことで周りに迷惑をかけるおそれがある。残念である。
あ、そうじゃないな、これからはひとりで出かけよう。でかけた先でどうなろうと、そこの土にでも水にでもなればよいのである。うん、それがいい。 ネパール旅行を企画し導いてくださった「草の根校舎の会」のメンバー、関西からの同行者、現地のカトマンヅ日本語学院のかたがた、誘ってくれた大学同期の畏友たち、みなさまのご親切に感謝しつつ、ここにわたしの生来の辛口偏見も承知の上でのネパール雑感を記しておく。(110426)
2011.04.25 伊達美徳
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