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故郷のオールドタウンとニュータウン
文と写真 伊達美徳 ●高梁盆地の衛星写真 ここは映画「男はつらいよ」シリーズに登場する、いわゆる懐かしい町である。
寅さんの義弟がこの町の出身となっている。上流武家屋敷町だった石火屋町にある豪壮な旧家のお屋敷が、その生家である。今回の訪問でその前を通ったら健在であった。 少年のわたしは親に命じられて、なんどかこの家にお使いに行ったことがある。二つの玄関があって、どちらからはいるべきか悩んだものだ。 その武家屋敷町は、かなり前から町並み保全と修景をしているから、いかにも城下町らしい風景である。観光拠点にもなっているので、いかにもそれらしい風景である。しかし、空家空き地が目立つようになっているのが気にかかる。 武家屋敷町は空家空き地になっても、土塀で囲まれているから、一見したところでは町並みが連続している。 ●武家屋敷町(映画「男はつらいよ」に寅次郎の義弟の生家として登場した) だが、商家町では空き地が目立って、歯抜けになった町並みとなっている。
かつての繁華街だった本町や下町の商店街は、商店街の体をなしていない。空き店舗と住宅の連続になっているが、その中のあちこちで空き地が目立つのである。駐車場になっているが、がらんとしてガラクタがおいてあり、草が生える。これは寂しい。 これらの空き地には、元はといえば格子窓や連子窓の瓦屋根の堂々たる旧家が建っていたのだ。跡地に新たな住宅でも建ってくれればよいのだが、歯ヌケのままで寂しい。 それは今に始まったのではないが、人口減少が止まらないからだ。旧市街地を中心とする合併前の高梁市の区域の人口が、1960年には約35000人いたが、現在は約24000人である。このさきも減少は止まりそうにない。空き地空家が出るのは当たり前である。 ただし、面白いことに、市域人口は減っても、旧城下町の高梁盆地の中の人口は、18世紀中ごろから約1万人で、ほぼ一定であるらしい。いろいろ調べてみてそれがわかった。 人口減少の日本で、これからも持続するのは盆地の街だと思っている。 ●商家の街並み(本町) ●商家の街並み空き地(下町) ●商家の街並み(紺屋町)1994年 ●商家の街並み(上と同じ紺屋町)2011年(空き地になった) 高梁には吉備国際大学があり、多くの若者が町に住んでいる。学生が町の中に住んでくれると、それは活力の源泉になる。 学生用の中層共同住宅が、伝統的な町並みの中に建っている。それは町並みと微妙なバランスを保つ風景になっている。いちがいに新しい建築を排除することはない。 商家の歯抜け跡地に学生アパートを建てればよいのにと思うのだが、少子時代でその学生たちも減少傾向にあるという。 大学は街はずれの小高い山中にある。立派な白亜の校舎が山の中に立ち並ぶ。どうしてこんな傾斜地ばかりの不便なところにキャンパスをつくったのだろうか。土地が安かったのだろうか。 それにしても、高梁が大学町のハイデルベルクに風景が似ているといっても、若者にとっては地方の田舎町だし、その上にまたこんな山の中では、学生が自分の生家よりも不便なところだと思って来なくなりそうだ。 その上、少子時代で学生そのものの絶対数が減少するのだから、よほど魅力がないと来てくれないだろう。 ●山懐の傾斜地に建つ吉備国際大学の校舎 ハイデルベルクのように、街と大学とが一体になっているとよいのにと思う。キャンパスを街の中に移してはどうか。 どこでも地方大学がよくやるように、ここでも大学が栄町の空き店舗を利用して、商店街活性化の活動をしていた。 それはそれでよいのだが、もうやっているのかもしれないが、大学そのものの研究室、教室、クラブ活動の場として、空き地空家を積極的に活用してはどうかと思う。 1、2階は大学の施設、上階に学生の住む住宅がある、そのような町屋が建つと街に活気が戻ってくるだろう。 その高梁の東方に「吉備高原都市」なるニュータウンがある。わたしはニュータウンなど興味ないのだが、いまや幽霊タウンになっているという噂を聞いて興味が出て、訪ねてみた。 高梁の盆地から東の丘陵を登って、そのままの高さの高原(といっても標高200~500m)の林や田んぼの中をいく。 岡山県が主体となって1973年から計画しはじめて、75年には用地取得、1980年建設事業着手した。 現在までに約半分の区域の開発ができたが、それ以上の開発事業は経営的に成り立たずに、事実上凍結となっている。 1988年から住宅の入居がはじまった。しかし、計画人口3万人の予定が、2000人ほどが現状である。このニュータウンはふたつの町にまたがっていたが、最近合併して「吉備中央町」(人口約13000人、約5500世帯)となった。つまり合併しても、吉備中央「市」になることができなかったのある。 ●高梁市街地と吉備高原都市の衛星写真 ●吉備高原都市の全体配置図 ●吉備高原都市全体の衛星写真 林の中に「吉備高原ニューサイエンス館」なる大きな建物が現れた。 だが、閉館してしまってはいれない。本日閉館ではなくて、県の財政難で経営が成り立たなくなって永久閉館したらしい。先端技術についての展示をしていたそうだ。もったいない。 隣には「㈱林原生化学研究所」がある。たしか㈱林原は倒産したはずだが、研究所はやっているらしい。 もうちょっといくと「国立吉備少年自然の家」があり、子どもの乗ったバスが来ているから、ここは閉鎖していないということだ。国立施設だからつぶれないだろう。 ●閉館したニューサイエンス館 「吉備高原総合リハビリテーションセンター」は、労働災害による障害者のための医療と職業リハビリテイションを行うもので、実に立派な労働省系の施設のようだ。このニュータウン開発の基本に福祉社会の実現があったらしいから、それ相当の施設である。 これだけ整った医療体制があると、地域に暮らす住民には安心である。 ただ、気になるのは、ここは車がないと、ほぼくることができないことだ。バスが岡山と高梁からあるが、一日に各5便(休日3便)と本数が少ない。身体にハンディのある人は、誰かにつれてきてもらい、またつれて帰ってもらうしかないのが難点である。それはこの広い町に住む人たちにとっても同じである。 福祉社会実現のひとつに、身障者を積極的に雇用すると評判に聞いていたパナソニックの工場があるときいていたので、今もあるかと探したら、あった。 そこでセンター施設の「きびプラザ」を訪ねた。これが驚くほど巨大で、金のかかった立派な施設である。ホテル、量販店、専門店、飲食店、事務所が入るのだ。3万人ニュータウンセンターとしての施設だからそうなのだろう。
だが、これがなんだか寂しいのだ。節電か経費節減か照明が暗いし、利用者が見えない。 量販店に入ってみたら、従業員ばかり。平日の昼間だからこんなものかとも思うが、それにしても経営がなりたつのか、そのうち閉店するのじゃあるまいかと、心配になる。ここが閉店したら、2000人の住民は買い物難民となってしまう。 それにしてもこの施設の立派さはすごいものだ。巨大な広場があって、まわりを観覧席のようなものがとりまいている。全体の維持管理費だけでも大変な額だろう。 ●立派な広場を持つ「きびプラザ」 公共開発だからだろうが、一般に公共施設、共用施設への金のかけかたが立派である。道路や公園も施設として立派だし、管理が行き届いている。手入れされた並木道も元からの林らしい緑の環境がすばらしい。民間開発とそこが違う。 いっぽう、それだけに維持費が大変だろうと、また思うのである。 その負担がどう住民たちにかかるのかしらないが、これだけ立派な環境でありながら、たったそれだけの人口しかいないとは、ぜいたくというか、もったいないというか、ためいきが出てくる。 そして、町の人口の統計を見れば、毎年順調?に減少しているのである。2004年の合併時には約14500人、そのときに2010年予測値を約14000人としていたが、2011年の今は約13000人となっている。 高梁のオールドタウンも空家空き地だらけだったが、ニュータウンも空き地だらけだ。 ところで、そのいっぽうでは、東日本大震災で全壊・半壊の建物は30000棟というから、このギャップをどう考えようか。2011年10月初めの時点で、避難中の人が約7000人だそうだ。このうちの何人かは高梁市か吉備中央町にもいるのだろうか。 では、ニュータウンとオールドタウンとではどちらが、幽霊タウンになりやすいだろうか。それは多分、ニュータウンのほうだろうと思う。なにしろ、過去からのしがらみがないから、いつでも住民は出て行きやすいだろう。別の言い方をすれば、町の蓄積する文化の魅力の差である。 高梁市の人口構成には他の地方都市にはない傾向がある。それは、大学があることによって、その若い学生たちの年齢人口が著しく突出しているいることだ。
この傾向を今後とも保つことができるだろうか。ぜひとも保ってもらいたいものだ。 歴史文化のある街と一体となった教育環境、それが文化財修復学科のような特色ある研究教育とともに育っていってほしいものである。(2011.10.18)
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