四世 野村小三郎
和泉流狂言方
故十二世・野村又三郎の嫡男、父に師事 昭和46年 名古屋市出身、東京藝術大学卒業、同大学邦楽別科修了 4歳「靱猿」での初舞台以降「三番叟」「釣狐」「花子」等を被演済み 名古屋青年会議所TARG賞、松尾芸能賞新人賞、名古屋市民芸術祭審査員特別賞(団体) パチンコ大衆文化・福祉応援賞、芸術創造賞、名古屋市民芸術祭賞(団体)、名古屋市芸術奨賞を受賞 NHK「中学生日記」に出演、ハリウッド映画「ラストサムライ」の撮影に劇中劇の構成・演出・出演で参加 平成5年皇太子殿下・雅子妃殿下「御成婚奉祝能」に参加 平成6年皇后陛下主催「御前演奏」に東京藝大邦学部総代として参加 【愛知万博】開会式第3部で創作舞踊狂言「叡智の袋」脚本・演出・主演にて上演 愛知県芸術劇場フェスティバル<異文化との出会い>に企画・構成・演出・主演 第50回熊本県芸術文化際に出演 ほか全国的に活躍 〔役職〕(社)能楽協会名古屋支部常議員、和泉流職分会幹事、愛知県立芸術大学非常勤講師、名古屋市青少年文化センター・アートピア検討委員会 (社)日本和裁士会理事 など
野村又三郎 これまでの作品の劇評
「未来と伝統 地球愛”合奏”」「ロボ共演【叡智】問う狂言」【2005年3月25日 中日新聞朝刊】 菜の花畑のように演出されたEXPOドーム会場で、二十四日行われた愛・地球博の開会式。ロボットの共演で現代日本の最先端技術を披露する一方、古くから伝わる日本の伝統芸能で、自然との共生の必要性を訴えた。
叡智の袋 招待客に配られた小さな麻袋の中には、一粒のトウモロコシが入っていた。狂言師野村小三郎さんや日本舞踊家の西川千雅さんが披露した創作舞踊狂言「叡智の袋」で、その意味が明らかになった。 森に住む鬼が一目ぼれした姫を口説くため、トウモロコシの粒がいっぱい入った「叡智の袋」を差し出す。鬼はトウモロコシが水不足で作れない事態が起きていることを説明。一粒のトウモロコシがえさとなって家畜が飼育されている現状を説明した。名古屋弁も交えたやりとりに笑いや感嘆の声が上がった。
2009年度 名古屋市芸術奨励賞受賞 【2009年 1月 20日 中日新聞朝刊】
四歳で初舞台。1999年の国立能楽堂自主公演で、狂言「浦島」を約百年ぶりに復曲上演させた。映画など他のジャンルと競演、交流も。狂言方若手をけん引するリーダー的存在でもある。 野村 信朗 (のむらのぶたか) 四世 野村小三郎の嫡男、祖父・故十二世野村又三郎、および父に師事 平成13年 名古屋市出身、8歳、小学3年生 3歳にて「靱猿」での初舞台以降「いろは」「禰宜山伏」「重喜」「金津地蔵」「蝸牛」等で各地の舞台に出演 国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわキジムナーフェスタ 日本橋三越 第611回三越名人会 NHKホール 地域伝統芸能まつり ミッドランドスクエア開業2周年記念 他 *大好きなもの* ドラえもん、レゴブロック、工作、読書、妹の小夜子
野村又三郎家(和泉流野村派)について
和泉流三派の一つ。初代野村又三郎重信(17世紀初頭)が和泉流創設にあたり客分として招かれ、独自の演目・台本・演出などを保持している。三世野村又三郎信明の代(江戸時代)には、京都在住のまま尾張徳川藩お抱えの狂言方であった家柄。明治維新後は名古屋、東京と移住を重ねた。その後、十二世・野村又三郎信廣(四世・野村小三郎の父、2007年12月12日に逝去。享年86歳)は1959年に名古屋へ移住。 |