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【5】Pointe to Point 4th Asea-Europe Dance Forum(Warsaw, Poland) -ヨーロッパ視察06-07

<1>Pointe to Point概要
ポルトガル滞在中に、私はポーランドで行われるアジア人ダンサーとヨーロッパ人ダンサーによるコラボレーションプログラム"Pointe to Point"にアプリケーションを執筆、応募しました。ブリュッセル滞在中にスタッフより、選出されたとのe-mailを受け取りました。プログラムにより日本、ポーランド間の交通費が支給されるということから、11月に約10日程一旦帰国、その後ポーランドへ向かいました。
 Pointe to Pointは、ASEFが主催しています。ASEFはアジアとヨーロッパ間の文化交流促進を目的としたオーガニゼーションで、次の国ににより出資されています。

オーストリア、ベルギー、ブルネイ、カンボジア、チェコ、デンマーック、エストニア、フィンランド、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、インドネシア、アイルランド、イタリア、日本、韓国、ラオス、ラトヴィア、リトアニア、ルクセンブルク、マレーシア、ミャンマー、オランダ、フィリピン、ポーランド、ポルトガル、シンガポール、スペイン、スウェーデン、タイ、イギリス、ヴェトナム 及びEuropean Commission

Pointe to Pointは、今回が4回目となります。私が参加した以前の都市のプログラムについて詳細を私は知り得ませんでしたが、ダイレクターやサポート機関との関係により、規模や内容は様々であった様です。
 ワルソーでは、4人のコレオグラファーが先導役になり、約30人のダンサーがコレオグラファー毎のグループに分かれて作業を行い、最終的にそれぞれのピースを上演するというものです。また、今回はヴィジュアルアートとのコラボレーションというテーマが掲げられており、事前にコレオグラファーは、それぞれ特定のヴィジュアルアーティストと出会い、そこでのインプレッション・インヴォルブメントを創作の要としていました。振付家と、ヴィジュアルアーティストは次の通りです。コラボレーションを行った対応通りに記載しています。(詳しいプロフィールは資料を参照して下さい。)

 私はこのうち、 (France)のグループに参加し、クリエイションを行いました。私たちがパフォーマンスに於いて上演したピースは、3つのアイディアをフラグメンタルに(構成をまとめることなく)提示しました。1つ目のアイディアは、暗闇の中で3人のダンサーの背中及び背面頸部が赤く浮び上がり、うごめくというもの。東部に小さなライトを身につけ、それが直接身体を照らし出します。また、シーン途中からは首の両脇よりゆったりと両手が差し込まれ、背面を奇妙な生き物が生まれだすようなイメージが作られます。2つ目は、5人のダンサーが舞台上でそれぞれの呼吸を感じ合い、触れること無くその身体リズムを交換し合い、インプロヴィゼーションを行うというものです。3つ目は、透明なプラスチック製の薄い膜が舞台前後を大きく波打ちながら行き来するなかで、女性ダンサーのデュオが展開されます。膜には、ヴィジュアルアーティストの絵画が背面からプロジェクションされ、膜の移動に会わせてその大きさが劇的に変化を繰り返していきます。
 その他のアーティストの作品は、リハーサルのスケジュールの関係で、鑑賞する時間が十分にありませんでしたので、ごく簡単に記させて頂きます。ポーランドのフィオリーナのピースは、シアトリカルな身振りやダンス的な運動がカオスティックに展開されます。フィリピンの ピースは、4人の女性ダンサー(アジア人とヨーロッパ人が2人ごと)が、舞台奥の壁面に身体を打ち付けたり、激昂する声が差し挟まれるなど、とても激しい印象をもったもの。日本から荻野ちよのピースは、「マンガ」をテーマにしたダンサーたちのユーモラスなみぶりが次々と展開されていくピース。

 アコモデーションはワルソー旧市街から歩いてすぐのホテルでした。1部屋2~3人の相部屋で、2部屋に1つシャワー、トイレがあり、WiFiネットワークも完備されていて、とても快適でした。私はdanceWEBで既に知り合っていたギリシア人の友達と同じ部屋でした。また、バス、トイレはエストニアとシンガポールのダンサーと共有していて、5人の男性ダンサーのうち4人がここに集められていました。食事も3食提供され、この旅の中では唯一しっかりと食べていました。
 リハーサルは の3つの会場で行い、グループ毎に変則的に午前、午後で移動する場合が多々あり、これについては参加者から最も不満が漏らされていました。各々の海上艦が離れており、バスでの移動が必要で、時間を取られてしまうこと、また移動により思わぬ疲労を伴うことがあったからです。共催するオーガニゼーションの関係上、これでも精一杯ベストな環境を整えたというASEFの説明からは、西欧、中欧とは異なったコンテンポラリーダンスを取り巻く状況をかいま見ることができました。
 パフォーマンスは で行われました。共産主義時代向上であったスペースを文化施設として改装したもので、劇場の屋根や壁面はレンガによる当時の面影を良く残しており、日本で言えば横浜赤レンガ倉庫の劇場を思い出させました。舞台の奥は高さが上げられており、京都のArtComplex1928の様な機構で、広さも同じか1回り大きいぐらいでした(客席はArtComplexの2~2.5倍程ありました)。
 一度限りの本番でしたがお客さんは満員で、パフォーマンスは大変好評でした。Dance Europe Magazine vol. に記事が載っているそうですが、残念ながらまだ手元に入手出来ておらず、確認出来ていません(どういった形かは分かりませんが、私の写真も載っているそうです)。

<2>Pointe to Point参加の感想
 Pointe to PointはdanceWEBに次いで選ばれた、私にとって2度目の国際プロジェクトでした。とはいえ、danceWEBとは趣旨・内容や、運営体制も全く異なるもので、様々な感想を持ちました。
 参加者から連日疑問としてあげられていたのが、振付家によって導かれるという明快なハイアラーキーでした。例えば、プログラム初日は、午前中に振付家毎の短いWSを行い、午後に各ダンサーがプレゼンテーションをし、ここでのダンサーの姿を参考に、振付家が各ダンサーを自分のグループに指名するということが行われました。ダンサーに選択権がないわけです。このオーガニゼーションの方法に対し振付家の4人からもいくばくか疑問の声が上がり、指名の後、本人がその決定に疑問がある場合は、相談に応じるということになりました。
 これは、短期間で固まったピースを創出することを念頭に置いた考え、また振付家とヴィジュアルアーティストとのコラボレーションというテーマの具現のために考えた方法だったのかもしれません。
 しかしながら、今日のコンテンポラリーダンスに於いて、特に私たちのような20代~30代前半の世代に於いて、ダンサーと振付家というものの区別は、かなり曖昧に扱われることがしばしばあります(もちろん例えばフランスのようにそれを厳密に区別しようとする意識が根強い場もあり、一概に言い切れることではありませんが)。それに対応するように、より抽象的にdance makerという様な呼称も使われるようになってきています。私たちの多くはクリエイションについての学習を既にしていたり、実際の現場でのそうした経験を持ち、自分自身の作品や振付けを作る能力・意欲を有しているのです。ですから私は、形式的なハイアラーキーを強調するのではなく(また文言上は強調していたとしても)、より民主的な状況を試みることの方が、さらに刺激的なコラボレーションを実現出来たのではないかと思っています。
 また同様に、ヨーロッパ人とアジア人という分け方がどれほど意味を持っていたのかな、と感じました。もちろん遠く離れ、文化の異なった若いアーティストを結び付けるというプログラムの意義は素直に理解出来ますが、その線引きそれ自体はなかなか容易なことではないという気がしました。例えば僕自身も、またPARTSで学んでいたもう一人の日本人参加者である友人など特にそうでしょうが、西欧的コンテンポラリーダンスやバレエなどを中心的に学んできたことで、それらが身体に染み付いてしまった人間には、何がヨーロッパ的でアジア的なのか未分化なもの、判断しづらいことが山ほどあります。これも、単純な線引きを最初に強調するのではなくて、個人と個人のパーソナリティに基づいた結びつきをまず構築し、それから各々のコンテクストを導きだすことで、自然と文化的な背景の違いが浮び上がってくるという形の方が、より現実的な状況を示し得るのではないかな、と思いました。
 ただ、毎朝行われた何人かのダンサーによるクラスで、タイやカンボジアの伝統舞踊の一端に触れ得たことは、とても素晴らしい経験になりました。恥ずかしいことに、ヨーロッパやアメリカよりも近い距離にありながら、私はアジアのダンスについて多くの知識を持っていませんでした。Jerome Belのピースで踊っていたPichetもそうですが、アジアのダンサーの中には(ヨーロッパでもバスクダンスなどから始めたダンサーがいるそうですが)各地の伝統舞踊を習い、その後に様々な現代アート、ダンスとの出会いに触発されて、コンテンポラリーダンスを始めたアーティストが少なくないのではと感じました。そう遠くないうちに、フィリピンやタイ、シンガポール、韓国なども訪れてみたいと、Pointe to Pointでの経験を通じて、考えるようになりました。