| フランスAngersでの約一ヶ月の滞在ののち、私は友人、Guilherme Garridoの誘いを受けてポルトガル北部の街Porto(Lisbonにつぐポルトガル第二の都市)へ向かいました。ここでは、友人たちとのコラボレーションによる2回のパフォーマンス(Sweet and Tender 1&2)、また、私を誘ってくれた友人と現在検討している新作へ向けてのリサーチ作業を行いました。なお、このポルト滞在中はGuilhermeの自宅に泊まっていました。 <1>Sweet and Tender 1 & 2 =Sweet and Tender 1= ポルトガルについてそのすぐ****日後に早速、Guilherme Garrido(Portugal)、Tommy Nooan(US)、Min Kyon Lee(Korea/New Zealand)の友人たちと4人で、PortoにあるクラブMaus Habitosにてパフォーマンス"Sweet and Tender 1"を製作準備しました。具体的には、①4人でのコラボレーションピース"I am..."、②それぞれのインディヴジュアルショートピースを、クラブ内の小部屋に分かれて上演し、観客が展覧会のように見る③私をのぞいた3人のアーティストによるコラボレーションピース"Guns and Rosas"の3つの構成で上演しました。(私が到着する数日前から既に③については作業が始まっていたため、私は関わらない形になりました。) ①"I am..."は、Guilhermeのダイレクションのもとに製作しました。クラブ内の半屋外スペースに4人が立ち、足下に各々のラップトップを配置。ラップトップにはテキストエディターが表示されており、パフォーマンス中にダンサーが"I am a meat."などと、タイプします。テキストを入力後、それに対応したアクションをするということが繰り返されます。例えば、"I am a meat."なら、ヌードになり、「1.22euro/kg」などと書いた紙を身体に張り付け、棒立ちになります。このテキスト、アクションは全て事前に決めておき、ただしその順番はダンサー各自が即興的に選択していきます。この状況を観客は屋内のガラス越しに見ます。洋服屋のショーケースに展示されているマネキン人形のように、ダンサーの行動を見ることになります。 ②それぞれの個人ピースは、ダイレクションを各自で行い、細かな部屋の演出まで裁量をそれぞれに任せていました。Minはうすぐらいスペースに小さなスツールを置き、そこにヌードになって座り、時折ゆったりとした動きをみせるピース。彼女の長い髪が、とても印象的な絵を作り出していました。Tommyは私たちの家によくある、机、イス、さらにティッシュやOAペーパー、パソコン用マウスといった小物類、扇風機、スピーカーなどを使い、不条理な運動を繰り返すややシアトリカルなピース。Guilhermeのピース、"Just by existing, I become a target."は、タイトル通りの文章を壁に書き、その前にイスと机を置き、腰掛けて食事をしているところに、観客から生卵を投げてもらうという作品。私は、壁の白い塗料がはげ落ちて散乱した部屋で、木製のスツールと、みずをいれたガラスのコップをプロップスとして使い、身体と空間の関係性を手がかりに、ゆったりと展開する10分程の振付けを披露しました。部屋の入り口には小さなショーケースがあり、そこにラップトップを置き、自作の文章も展示していました(資料参照)。 ③"Guns and Rosas"は愛と暴力をテーマにしたシアトリカルなピースです。女性ダンサーが胸に持つブロックに男性が電気ドリルをつき、貫通した瞬間にキスをする。煙草を吹かしながら寝ている男の上にブロックを積み上げていく。男性ダンサーがおもむろに服を脱ぎ、それを床に人形に置き、裸でブロックをその上に落としていく(ブロックは抜け殻の衣服の上で砕け散ります)。そうした主にプロップスを使った様々なアイディアが提示されました。 Maus Habitosは、オーナーがコンテンポラリーアートに興味があり、しばしば展覧会などが行われています。クラブといっても、地下にもぐるような場所ではなく、ビルの4Fの1フロアを使っており、大きな部屋が2つ、間に半屋外のスペースがあると共に、いくつかの小部屋があります。メインとなるライヴ・クラヴイベントは大きな部屋を使用するので、小さな部屋を使ってそうしたことが行えるわけです。ポルトでは中心的なイベントスポットの1つで、週末ともなるとたくさんのお客さんが踊りに訪れます。わたしたちのイヴェントも、たくさんの方に見て頂くことが出来ました。お客さんからの反応はとても良いもので、僕も色んなお客さんに話しかけて頂きました。海外で初めて自分の作品を見せる機会でしたが、とてもいい夜に出来て幸いでした。 =Sweet and Tender 2= 週末のライヴイヴェントに併催する形で行った私たちのパフォーマンスSweet and Tender 1ですが、大変に好評で、スペースのオーナーには大変喜んで頂きました。そこで、これに引き続いてSweet and Tender 2を製作・上演することになりました。残念ながらTommyは仕事のためドイツへ向かい離れましたが、Guilherme、Min、私の三人で作業を行いました。前回よりもっと密接にコラボレーションを行おうという意図がありましたが、あまり上手く行きませんでした。3人のやりたいことを上手に組み合わせることが出来なかったこと、特に、3人ともリーダーシップを発揮出来ず、方向性を明快に打ち出せなかったからだと思います。ともあれ、発表されたピースがどんなものであったか、簡単に記述したいと思います。 前回とは違い、約15分程の1つのピースを、クラブのより大きな部屋にて上演しました。スペースの窓側1/3程度をステージに見立て、残りを客席とし、クラブのイスやソファーを並べました。舞台上手奥にアップライトピアノ(クラブが持っているもの)、舞台下手には平台1枚程度の高台を置きました。照明は天上からまっすぐ注がれる小さなクリップライト4つをメインに、舞台上手の床からもハロゲンの白っぽい照明を置き、影で動きを付けました。さらに高台の前の床に蛍光灯を置き、青白い光が下から立ち上がるようにしました。 まず最初に私がステージ中央で仰向けに横たわります。そのそばにGuiが水を入れた透明で縦長のグラス(カクテルグラス)を置き、非常に長いストロー(黒い普通の曲がるストロー4,5本を連結していました)を入れ、息を吹き込んであぶくをたて始めます。しばらくしてストローを抜き、そのグラスの口を水が入ったまま彼の頬にぴったりとつけ、私の顔の上で傾けます。そしてすぐにほおからグラスをずらし、中に入っていた水をびしゃりと私の上に落とします。二人ともそのまま動かず、静寂が少しあった後、無表情でGuiはピアのの前に腰掛け静かにピアのを弾き始めます。その音に合わせ、私は床でゆっくりと、泳ぐ様なぷかぷかと漂う様な動きを見せます。さらに演奏が続く中、私は立ち上がって舞台背面、夜景の透ける窓まで歩き、観客に背中を見せる形でその窓枠に右手を添え立ち止まります。一瞬静止した後、添えた右手の形を保ちながら、ゆっくりとステージ中央に弧を描くように歩いていき、床に倒れ込む短い振付けを見せます。 次に、Minがイスに腰掛け、さらにもう一つのイスをテーブルに見立てて、ティーセレモニーの様なことをします。コーヒー用のカップ&ソーサー、カクテルグラスを使い、始めにグラスに入っていた赤い色水を、カップに、ソーサーに、自分の口に、またグラスにと様々な動きで入れ替えていきます。またこの際同時に舞台下手ではGuiがヘルメットをかぶって高台に立ち、マイクを使った彼のソロを見せています。マイクにはエコーのエフェクトがかけられており、彼はそれを何度も頭に打ち付けます。マイクをヘルメットにぶつけると、「ゴーン」という音がしばらくエコーで続き、残響の様なその音に合わせて彼は、まるで倒れ込むかのごとくスローモーションで上半身を動かします。また舞台上手でも私が床に置かれた照明の前で、何かを壊している様な振付けを何度も繰り返しています。 最後のシーンでも3人が三者三様の動きをします。まず私がMinが使っていた2つのイスの配置を様々に換え、その関係性の変化を見せていきます。そしてGuiが再びピアノを、しかし今度は激しいメロディーを弾きます。すると私も、舞台奥で上手から下手へと低い姿勢で走りながら行ったり来たりする振付けを見せます。そしてMinは高台に巨大な扇風機を持って立ちます。スイッチを入れ、風が真上に向くように両手で腰の前に持ち、覗き込むようにすると、彼女の長い黒髪がぶわっと広がります。床下からの青白い蛍光灯の光も加わって、幻想的なイメージが浮び上がります。 このように、非常に特徴的なシーンを幾つも作り出すことは出来ましたが、冒頭で述べました通り、コラボレーションがうまくいかなかったことから全体的な構成が見えず、バラバラなピースを寄せ集めた様な形になってしまいました。私自身は元々コラボレーションが得意な方ではないのですが、自分の母国語でない言葉を使う状況、また日本と違い互いに自分の意見をばんばん言っていくのが普通ななかで、互いの意見を調整し、どうやって作品をまとめていくか、もっともっと経験を積み、学ぶ必要があると正直に反省しました。 <2>、新作のためのリサーチ Sweet and Tender2の後、Guiと二人で2007年に新作をつくろうということになり(現在実現に向けて準備中です)、リサーチを始めました。ヴィデオワーク及び振付けなどフィジカルなスタッフの両面にわたって、具体的なアイディアを探していきました。新作のテーマは「見えるものと見えないもの」で、特にこのリサーチを行っていた際は、二人の「違い/ずれ」によって非現象的な何かを掘り起こせないかと考えていました。ただ、このテーマにしばられることなく、興味があるアイディアをとにかく積極的に挑戦してみました。 ヴィデオワークでは、まずGuiが考えたいくつかのアイディアを555スタジオにて撮影しました。一つは2つの各々の名前を書いたリンゴをハンマーで粉砕する様をアップでとりました。同じように紙タバコに名前を書き、地面に直立させて、次第に灰になっていく様をうつしました(これは9.11のツインタワーのイメージです)。砂の質感も使ってみたいといい、ビーチで砂をあつめ、それで名前を書き、水を落として名前が消えていく様を撮りました。また、Sweet and Tender2で行った、ヘルメットをかぶった頭をエコーのかかったマイクでたたくGuiのソロピースや、Guiが扇風機の風でとばす紙片を僕が拾いに走りまわるピースなどをMaus Habitosにて撮影しました。私はこの時、特に言語に興味があり、二人の母国語を用いたピースを撮影しました。Guiに僕が日本語を、ただし意味は知らせず音だけ教えます。同様に僕も彼からポルトガル語をいくつか、音だけ教えてもらいました。そして、それぞれが覚えた言葉を発する様をバストアップで撮影し、後からコンピューターで言葉の意味を字幕(英語)に示します。こうすると、言葉の意味(字幕)と、話者の態度(映像)に齟齬(=現象と非現象の裂け目)が生まれます。また、2日間にわたって私は、ポルトの町を歩き回りながら即興撮影も行いました。これは、カメラのフレームに現れる僕の志向を浮び上がらせたいという思いがありました。ポルトガルの街の美しい風景をとるというよりは、僕がこの街をどう捉え、感じているか、そういうことが、映像を通して見えてくる。だから、ハンドフィルミングで、自由に、あまり構図などにこだわらずに興味の持ったものをどんどん撮影していきました。物乞い、路地裏、もう走らなくなった路面電車の線路、廃墟、ベランダに並ぶ洗濯物などなど。 フィジカルなスタッフ(振付け、またはそれに類するもの)のリサーチは、555スタジオにて私が中心的に作業を導きました。そこで、私が最近の作品に置いて中心的に用いている手法にここでも積極的に取り組みました。どういった方法かと言いますと、身体の運動とまたそれに連動する空間構成を、その変化によって生ずるリズムを手がかりにして組み立てていきます。従って、既存のダンスの技法や方を組み合わせて振付けを作るのではなく、日常的な動作や身振り、仕草など、ゼロから様々な運動を探し、またそれを何処に(時間的に/空間的に)配置していくかを考えていきます。例えばGuiのソロでは、背中を向け、壁に対して斜めにもたれかかっていく動作をゆっくり3回繰り返した後、正面を向いてしばらく静止するという運動があります。既に洗練された技法や型などがしばしば提示する様な圧倒的身体性はここにはないのですが、リズムに着目することで、原音楽的とも言える感覚の体験を持ってもらうことが出来、見るものを引きつけ得ると考えています。同じように、主に足のステップを使った私のソロ、イスを小道具として用いた私とGuiのデュオなどをつくっていきました。 作業に於いて非常に苦労したのは、Guiがしばしば明快な「意味」を事前に作業や表現に要求したことです。これに対して私は、先のリズムを元西鉄くられたダンスもそうですが、いくつかの要素が連なることで始めて浮び上がらせることが出来ることや、また明快に(つまり漠然/混沌から)穿たれる前の意味(前「意味」とも言える様な)が立ち現れる状況そのものを示すことに関心がありましたので、逐一の行為に対応して「意味」を充てることは必要ではありませんでした。こうしたズレを補うだけの十分な語学力を私は持っていませんでしたので、Guiは時に戸惑ったり憤ることがあり、また私ももどかしさを感じていました。コンセプチュアルに不覚コラボレーションをする際にこうした高度なコミュニケーション能力が不可欠であるということを、初めてこうした作業をする中で、身をもって感じました。しかし、そうした反省をふまえながらも、日本とポルトガルという遠く離れ、背景となる文化が、さらには興味も関心も全く違った2人が作業をすることは非常に刺激的で、またそれによってユニークなアイディアやマテリアルを生み出すことが出来、大変意義ある時間を過ごせたと思っています。 <3>、Meg Stuart/Damaged Goods "Sand Table"鑑賞 6/10/2007 Meg Stuartはヨーロッパで現在大変人気のある振付家(現在ベルギーを拠点に活動)で、機会があればぜひ見たいと思っていました。たまたま私の滞在中にAveiroという小さな街で彼女とVisual Artist、Magali Desbazeilleとのコラボレーションワークが上演され、願いが叶いました。 この作品は簡単に言えばバレエのように大劇場で上演されるのとは違う小作品で、実際ギャラリーの様なスペースで上演されました。不思議な部屋で、スペースの四方に中2階の様な張り出しがあり、お客さんはここに立って上から空間を見下ろします(dumbtypeの「pH」のもっと狭い感じでしょうか)。中央に人2人が横たわれる程の大きさのテーブルが1つあり、その上に白砂が敷き詰められています。そこに真上からテーブルのサイズピッタリに映像が投影されています。映像には、何人かの等身大のダンサーが床に横たわったり転がったりしている様が写されています。そして2人の(映像の中ではなく、リアルの)ダンサーがテーブルの砂に干渉することで、この映像にアプローチを加えていきます。例えば、仰向けになった映像の中のダンサーの顔の部分にある砂を手をすくい上げると、手の中の砂に映像がそのまま映り、まるで顔そのものを手で持ち上げたように見えます。或は同じようににおなかの部分の砂をかき寄せ、テーブルの黒い字が見えるようにすると、その部分の映像が打ち消され、おなかに穴があいてしまったように見えます。 先に述べましたが、20分程の小作品でありながら、斬新な表現で、力強さを持った大変興味深いパフォーマンスでした。また加えて、この作品に置ける(映像でない方の)ダンサーの身体は、身体性を巡る私の考えに1つの示唆を与えてくれました。砂を操るダンサーたちは、「砂を操る」という行為に集中していて、舞台上で何かの振付けを踊っている時のように自身の身体がどういった構造(形)になっているかといった、自身の身体への意識がとても希薄です。言い換えれば、そうした振付けを踊っている時とは異なった志向の有り様が、身体に露呈していたのです。捉えることが不可能な「見えないもの」である志向が見えるものに浮び上がる瞬間がここにはあるのです。。 またAveiroという小さな街でこうしたコンテンポラリーダンスの最先端の作品が上演されるという状況は、現代芸術に対する人々の姿勢に置ける日本との違いを実感させられました。芸術は、一握りの人々、都市に住むお金持ちや知識人にだけ占有されるものではないのです。ここでは現代社会の切り口/解釈の1つといえる現代芸術に触れ得る場が、より多くの人が容易にアクセスし得る文化政策が行われている(もしかしたら自然に起きている)のです。 <4>ポルトガル滞在の感想 「人と人との結びつきがコンテンポラリーアートを具現化させる」 ポルトは、リスボンに次いでポルトガル第二の都市ですが(ポルトガルの国名の由来がこの都市の名前)、まるで別の国なのかと思う程物価が違います。コーヒー(日本で言うエスプレッソ)はどんなに高そうなカフェだって1.50euroで十分ですし、ビールだって2.00euroくらいで、時には1.60euroぐらいで飲めます。リスボンにいけばビールは4euroはとられます。友人がいつも行く食堂は、ライスにフレンチフライ、肉か魚料理がついたプレートで2.50くらいでした。ウィーン、パリと本当に同じ西側の街なのだろうかと思いました。雰囲気もまるで違います。人の住まない廃墟が町中の至る所にある。道には走っていない路面電車の線路がそのままになっている。友人に聞けば「いつ走らなくなったか分からないし、昔からそう。」と答えました。夜になれば売春婦が毎晩殆どの道に立つ。長くそこに住む日本人の方にお会いした時に「ここはヨーロッパの田舎だからね。ずっと変わらないよ。」といっていたのが印象的でした。もちろんユーロ導入や、きれいなメトロが建設されたりと、様々な変化があったのでしょうが、街の持つ手触りは変わってないのだと思います。 ではそんな街でコンテンポラリーダンスというものがどうやって扱われているのか。もちろんポルトガルの中心部はリスボンであり、そこに行けばコンセルバトワールや、コンテンポラリーダンスについて中心的に取り組んでいるinstitution/organisation(Fourum Dancaというのが中心的役割を担っているそうで、後日フランスでみたDVDからVera Monteroの初期の作品にも関わっていることを知りました)もあるそうです。Vera Monteroという偉大な振付家がいることも忘れてはなりません。しかし、このポルトという街においては、そんなかしこまったハコやプログラム(の権威)中心ではなく、もっと手作りの、人と人の結びつきによってシーンが生み出されている様に感じました。 Sweet and Tenderのクリエイションに入ってすぐに驚いたのが、Guiと一緒に家からのスタジオまでなど、道を歩いていると、彼が色んな人と挨拶を交わすことです。お兄ちゃんお姉ちゃんはもとより、一見なんでもない商店のおじさん、おばさん、ファンキーな方々etc... 挨拶というのもhelloというだけではなくて、お互いに近況を話し合ったりキスをしたり。だからなかなか目的地に着かなかったりします。それがポルトガルの一つの国民性なのだと言われました。人間関係をとても大切にする。クラブ、Maus habitos(=Bad Habits)で私たちがパフォーマンスを行えたのも、何よりオーナーのDanielがGuiの人となりに好意を持ってでした。「何か面白いことをしてくれるやつだ」そんな予感で、週末の大事なイヴェントを一つ任せてしまうのです。 パフォーマンスが終ってからしばらくして、ある晩そのDanielがGuiの家へやってきました。Guiの家は友人3人と一緒に暮らしている一軒家で、お世辞にもきれいとははいえない家。そういうところへ、どうしてわざわざくるのだろうと思いました。でもとにかく、彼のためにディナーをつくろうと、僕も韓国人の友達と料理をつくりました(彼女は寿司を、僕は親子丼を作りました)。そうして彼が夕方来て、彼がとってくれたSweet and Tenderの写真を見せてくれたりしましたし、親睦とか、今後のイヴェントのことを考えてとか、そういうことなのだろうかと、と最初は推測しました。けれども、夜が更けてくれるにつれて、自分より一回り若いGuiやその友人といつまでも語り合っている彼の姿を見て、よく理由がわかってきました。彼はただ友人と語り合いたかったから来たのでした。遅くまで話は続き、結局彼は一晩泊まっていきました。こんなことが日本で起こりうるでしょうか?私にはとても衝撃的でした。 またある日曜日には、GuiとDaniel、私の3人でポルトガル南部の街AveiroまでMeg Stuwartの作品を一緒に見に行きました。彼の車でドライヴしていったその休日は、僕にとってこの旅の中でも大切な一日になりました。Meg Stuwartの作品は素晴らしかったですし、美しい川の走るAveiroの街や、そこに立つカフェや雑貨屋、洋服屋などの入った素敵な建物をめぐったことは、本当に忘れられません。(またその晩ポルトに戻って私たちがDanielがいつも行くレストランに行けば、店はもう閉まっていたのに、常連の彼のためにドアを開けてくれました。ポルトガルにおける人間関係の密度の高さに本当に驚かされました。) 礼儀がないわけではありません。むしろ日本の若い人に比べてもっとしっかりしているかもしれない。挨拶をちゃんとすることや、互いを尊重する態度はしっかりもっている。でも、相手がどういう立場だとか、そういうくくりに基づいて(縛られて)話をしようとはしない、少なくとも分かり易くそういうことを表に出さない。相手のことが好きだ、信頼出来る、だとすれば、そういう気持ちがまずコミュニケーションの手法を決定づける一番大きな根拠・動機になっているのです(ここでも、面と面とのコミュニケーションがある)。そしてさらに、この街では、そうしたコミュニケーションが、このコンテンポラリーアートというわけの分からないものを具現化していく原動力になっています。GuiとDaniel、またその他の多くの人々(例えば向かいの家具屋の人が貸してくれたタイルが、パフォーマンスでは重要な美術でした。)の関係を見ていると、それが良く分かりました。 もちろん私たちがやった様なパフォーマンスは、例えばウィーンのブルグテアターでローザスが踊る様な、そんな大きな力(ヨーロッパのシーン全体に影響を及ぼす様な)を起こすものではありません(ポルトにも大きな劇場がありますが、それはブロードウェイのカンパニーなどが上演したり、ケージの演奏も催したりしているそうですが、ともかく商業的なプログラムしか行われません。まさにMaus Habitosの前の大劇場で"Cats"が上演されていたのは冗談のようでした。)。しかし、作品が生まれ、それを見た(聴いた、感じた…)人がいる限り、アートはその人に何かを伝えることが/その人はアートから何かを受け取ることが、出来ます。クラブみたいな小さな場所で催されているイヴェントなんて貧相でさみしいものだなどと私は思いません。60年代70年代のコンセプチュアルアートに於けるハプニングだって、しばしば街角で行われていたのですから。 ある日、ドラァグのイヴェントがあるので見に行かないかとGuiにいわれ、いわれるままについていきました。たどり着いたのは私たちが稽古をしていた555スタジオの前で、そこの並びにある別な家や商店と変わらない建物でした。中に入ってみても印象は変わりません。汚らしい埃にまみれた、ポルトの家です。ところが、階段を上って3階へいくと、大勢の人々がひしめきあっていました。劇場なんかではありません。細長い1フロアのはじを舞台に見立て、その前に適当にイスとクッションを敷き詰めただけでした。そんなところであっても、人のつながりによって、見る人が集まる。Danielも、そのあたりの商店主のおじさんも、ビール片手に眺めている。一見単なる娯楽に見えるドラァグが、様々な思索の出発点になり得る一つの坩堝であることは言うまでもありません。つまりここでは、大きな劇場をメイン会場にしたり、派手な宣伝をしたりして、大層な構えを付けることなしにも、見る人がアートの可能性に直に触れ得る場が、日常的なコミュニケーションを土台にして自然に生み出されているのです。私は、ポルトのシーンに、コンテンポラリーアート(パフォーマンス)のあり得るべき一つのありかたを見たと思っています。(また、このドラァグの公演にポルトガル文化庁が援助をしているそうなのです。日本との違いをよくよく考えてしまいました。)
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