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【2】CNDC Angers滞在 -ヨーロッパ視察06-07

<1>滞在の概要/CNDCの基本情報
 danceWEBのプログラム終了後は、フランスを代表するダンスレジデンシー施設・学校であるCentral National de Dance Choreographic(CNDC)の好意で、フランスAgnersに約一ヶ月間滞在し、学校の授業を見学、時には実際に参加させて頂きました。
 CNDCはフランス文化庁直属のダンス施設で、フランス各地にいくつかあるCCNは地方自治体を母体にしているという点で異なります。CNDCはAngersにしかありません。教育プログラムを1978年より提供しています。現在はEmmanuelle Eyunがダイレクターを務めています。彼女がダイレクターになったことで、よりコンテンポラリーダンスを志向するプログラムを行うようになったそうです。
 学校は、二年間のカリキュラムで、一年目はエッセイと呼ばれる学生の個人プロジェクトを中心に行い、二年目は様々なゲスト講師を一週間から二週間ごとに招いてたような授業を展開するというのが基本的なかたちです。定員は15名です。大体、午前中はテクニック、午後がコンポジションなどのより思考を用いるクラスを行います。前後しますが、私が共に過ごした2回生はその入学試験(オーディション)がフランスだけで催されたこともあり、学生の8割程がフランス人でしたが、再度一月に訪れた際出会った新たな1回生は、オーストリア、ブラジル、トルコなどでも試験が催されたということで、その顔ぶれはより国際的なものになっていました(2回生の間では殆どフランス語を喋っていましたが、1回生の間では英語が喋られていることも半々ほどあるように感じました)。
 文化庁直属ということで、潤沢な資金力があり、オフィスがある建物に小スタジオが2つ、Angers中心部にBodinierと呼ばれる建物を持ち、ここに小スタジオ1つと大規模なスタジオを1つ、さらに郊外には劇場施設(しばしばスタジオとしても使用されます)を持ちます。さらには滞在アーティストのための部屋をBodinierに約10部屋持ち、同様の目的で、Angers市内にもいくつかのフラットや一軒家を持っています。夏の滞在中私は半分程をフラットに、残り半分をBodinierの部屋に無償で住まわせて頂きました。
The two year training programme at the École supérieure of the CNDC has existed since 1978. The programme has seen several different directors, each of whom had different ideas about pedagogy and its dissemination.
The programme currently offered by the CNDC was constructed with the help of a pedagogical ‘think tank’ organised by and with Emmanuelle Huynh. The programme’s content reflects the ideas and principles developed for the Essais programme.
The first year’s cursus implements many of the parts of the Essais programme while also providing for the experiences and the artistic ‘baggage’ accumulated by the participants. To that end, several different techniques and styles are taught, as well as works in the contemporary repertory, movement analysis for dance, composition classes and other workshops.
The classes will focus on some of the dancers’ tools of the trade: how to generalise or separate specific movement, how to give a ‘colour’ to a movement or shape, how to evaluate movement quality per its weight, how to use breath to infuse a movement.
Of course the most important component of this course is the actual dancing. The classes are broken down into sessions and projects of different lengths, varying as appropriate for working on a rep piece, a technique or the principal parts of its movement vocabulary.
And there is a theoretical section in the course linked to the choreographic workshops that are offered, as well as basic materials in Dance History, Art and Humanities History and Music History in the 20th century.
During the second year the focus shifts slightly as the students intensify their work on the shapes they worked on during the first year, and several different ways of working will be offered: responding to questions about development as a performing artist, about reviving a piece, about re-using vocabulary and about the ‘recycling’ of elements of dancing. Some of the workshops will be held in conjunction with the Essais students.
There will be a selection of works and of artists whose approach to creation comes from an artistic process which at one time contributed to - or continues to contribute to our own work as artists, teachers and seekers of art. The first class will be studying Trisha Brown’s Set and Reset, L’Après-midi d’un faune by Vaslav Nijinsky, Emmanuelle Huynh’s A Vida Enorme, and the students will work on a creation by Vera Mantero set specifically on them, and in butô on a self-portrait project with Ko Murobushi.
The students will be able to expand their cultural mindsets, working on projects with artists from other disciplines, from film, the plastic arts and new technology, As active participants in the life of the centre chorégraphique they will also be in contact with many guest artists as well as with visiting companies and dancers. Their own work will also be shown regularly to the community.

<2>CNDCでの授業について
 私が訪れたときの授業のプログラムは、Angers市内にて催される野外パフォーマンスフェスティバルでのパフォーマンスの準備を行っていました。これは、トリシャブラウンの「Set and Reset」、ニジンスキーの「牧神の午後」それぞれの振付けをもとに、学生たちと講師が共同でリメイクし、発表しました。いずれも、私がくる以前に、すでに数週間学生たちは学習しており、作品の構成自体はほぼ固まっていたため、会場(美術館前の屋外仮設ステージ)にあわせて演出を行うことと、繰り返し踊ることに集中して授業展開が行われました。

 トリシャブラウンの「Set and Reset」は、初演が1983年、ラウシェンバーグ(衣装)、ローリーアンダーソン(音楽)とのコラボレーションにより発表されました。授業では、ダンサーとしてこの作品に出演していたシェリー・センターが講師として指導を行いました。彼女は現在カリフォルニア在住で、アレクサンダーテクニークの講師として主に活動しています。授業でも、アレクサンダーの考え方を効果的に用いていました。スタジオでの授業中は、午前中にアレクサンダーのエクササイズだけを集中して行うこともしばしばありました。
 トリシャ・ブラウンといえば、"「リリーシングテクニーク」を用いた振付家"といった様な形容のされ方がよく使われますが、シェリーセンターに尋ねると(また、私が以前受講したキース・トンプソンも言っておりましたが)、トリシャはまとまった体系的な「テクニック」を消して作ったわけではないそうです。ダンサーたちに振り付ける場面で、彼女はただ自ら踊ってみせ、ダンサーが、それをどう動くか、自ら解釈、理解する必要があったそうです。ですから、トリシャの基で働いていたダンサーによるレパートリーの授業といっても、それは講師となるダンサーによって教え方は様々になるそうです。
 私自身も、授業の始めの方で、(フェスティバルで発表するピースの)元となる、トリシャがつくったオリジナルの振付けを学生と一緒に練習させて頂きました。振付けが長いこと、またその動きが実にシンプルであることからシークエンスを覚えることに苦労したことはもちろんありましたが、それ以上に、踊り方の質を捉えることがとても難しかったです。
 例えば、ただ手を横に向かって投げ出すという運動。それは、ただそのシェイプを実現するために、手をそこ(物理的空間)に置こうとする行為ではない。簡便に言えば、腕の筋肉を全て意識的に用いて、その形を再現することではないのです。かといって、腕を無為に放ってしまう、という行為でもない。その中間、しかしながらあるまとまりとして「手をそこに投げ出す」という運動が志向されている。具体的には、目標とされるイメージに沿って腕が投げ出されるに最低限必要な筋肉、そこに、最低限の意識のありかたで、行為の実現を促す。しかし、投げ出した瞬間に、それは「もう既にそこにあるもの」として、意識的な対象から、前意識的な「過去の」何かとして、意識に打たれたくさびを急速に緩めていく。
 これは、非常に曖昧な身体感覚で、いわばそうした曖昧な身体感覚を持った身体の出現こそを志向しているという、いわばメタフィジカルとフィジカルのパラレルな関係を身体上に求められているように感じました。私はそれまで、まずフィジカルなセンスに依拠しながら他人の振付けを捉え、そうした作業をへて、メタフィジカルな領域を開かせていくという段階をもって振付けを覚え、消化(≒理解)することが通常でしたので、彼女の振付けは、私にとって全く新しいものでした。
 なお、フェスティバルで発表されたピースは、この振付けに含まれた運動を切り刻み、まるでそれを道具として扱うかのようにして、再構成されました。例えば、冒頭のシーンでは、全員が振付けの全く異なった箇所から踊り始め、そのうちにデュオや、群舞が生成と消滅を繰り返していきます。デュオは、片方が相手をリフトアップしたり、同じ振付けを一人がオリジナル通りに、他方がクラシカルバレエ風に同時に踊ったり、同じように二人のダンサーが非対称に踊るなど、いわゆるユニゾンは殆どありません。
 群舞では、ピース後半に印象的な振付けが挿入されます。舞台に女性ダンサーが二人だけ取り残され、デュオが展開していくと、突然舞台両脇より全てのダンサーがやはりバラバラに踊りながら集合していき、舞台中央で直線の隊列を次第に形成していきます。一瞬この幾何学的な形が出現したかと思うと、すぐに一人のダンサーが飛び出し、またダンサーたちがバラバラに動き出します。しかし、その運動は、各々のやっていることは異なりますが、全体として一つの直線的まとまりを欠くことはなく、まるで時計の針のようにそれがゆったりと回転していきます。これはトリシャがつくったオリジナルにはない振りで、10数人という大人数がそろう学生公演であればこそ生み出され、実現したものです。

 ニジンスキー「牧神の午後」は、Anne Colldの指導のもと行われました。ニジンスキーの振付けリサーチを行ってきた一人として、フランスでは有名な先生の一人だそうです。授業では、既に元の振付けは学生に伝えられており、その振付けを基に、ソロないしデュオを各自リクリエイトするという作業が行われました。コンセプトとしては、ファッションショーのような形で、学生はアウトドアならではの空間も使いながら振付けを自由に解釈し、順番に各々のピースを提示していきました。例えば、ある友人二人は、能面に触発され、般若の面などの表情をしながら、キモノを着て踊りました。また別の友人は、動きをヒップホップでよく見られるような、ロボット風に作り替え、ステージ背面にある、美術館へと続く階段の手すり(地上から50mくらいの高さでしょうか)の上で踊っていました。また、ある時はステージそばの茂みから突然4人のダンサーが訪れたり、観客の背後で裸になった女性ダンサーがソロを始めたりしました。
 「牧神の午後」は、言うまでもなくモダンダンスの歴史に於いて欠かすことの出来ない作品です。ニジンスキーは、この作品で性的なイメージを表出するなど、初演時にスキャンダルを巻き起こしました。私も、そうした、教えられたこと以上のイメージは持っていませんでした。ただ、実際に踊ってみると、何がこの作品の特徴であるのか、自分なりに感じることができました。特徴的な、奇妙な手の形をしながら舞台をパラレルに左右する振付け。これは実際のところ平面でなく、ダンサーの上半身は腰から首までが極端にトゥイストされています。胸部を出来る限り観客に示すことでフラットな印象を与えようとしているわけです。しかし、舞台の端で折り返す時、このトゥイストは逆方向にしなければなりませんし、それに伴って、手の位置も即座に変えなければなりません。見た目の静的な印象とは異なり、そのイメージを実現するためにはかなり身体的な違和感を伴いながら踊ることになるのです。それは、身体の運動をまず基体にしながら振付けを作り出していく現在のコンテンポラリーダンスの主流なありかたとは全く逆なものです。とても(ファインアートにおける)絵画的なありかたをしているわけです。

<3>Angers滞在の感想
①学校のクラスについて
CNDCのダイレクター、スタッフに送ったメールで学校のクラスについての感想を記しました。まずこれを和訳して載せさせて頂きます。

 授業の見学や、時々実際に参加することを通して、私はこの学校が何を目指しているかを感じることが出来ました。それは未来への視点です。授業に於いて学生たちは、自分たちが踊っている時にそこで何が起きているのかを探ろうとしていました。これはダンスの原則に近づく方法です。それはとても繊細なことで、決して分かり易く捉えられるものではありません。けれども確かにそれは彼・彼女の作品を作る上で、或はプロフェッショナルなダンサーとして働いていく上でとても重要なことだと思います。
 例えばシェリーセンターの授業に於いて、友人Lは振付けを無駄な力を抜いて、最小限のエネルギーを用いて踊る様僕に教えてくれました。それはシェリーのアレクサンダーについての学習に基づいた踊り方です。友人Lは、その振付けの志向を理論ではなく身体で完璧に理解していたのです。彼は言いました。「知っての通り、数多くのダンスが無駄な力を使って踊っている。けれども、そんなことをせずに普通のありかたで踊ることが出来るんだ。そしてそれもとても美しく見えるんだ。」私は彼の会話に次の様な素晴らしい点を挙げることが出来ます。
 1、繰り返しになりますが、彼はシェリーのアプローチの仕方を彼の身体で理解している
 2、彼はそのアプローチに基づいて振付けを実際に踊ることが出来る
 3、彼はそのアプローチに対して、自分の意見を持っている
 私はこれまでヨーロッパにおいて幾人かの振付家、また多くのダンサーたちに出会ってきました。それらのうちの何人かの人々のクリエイションが、時に少々荒いと思われることがありました。そうした人々は身体をパフォーマンスを創造する「道具」として扱っていました。しかしながら運動をしている時に身体では常にたくさんの出来事が起こっています。身体は単一なものとして描写するべきではないのです。もし私たちがそれに気付けば、私たちは新しいアプローチの可能性をより多く得ることが出来るでしょう。実際のところ、それ(運動において身体ではたくさんの出来事が起きていると気付くこと)は確かに極めて小さなこと、原則的なことで、結果をすぐに導きだすことではありません。時間が経つことが必要です。けれどもこの経験によって、私たちは確かに新鮮なパフォーマンス、或は/又は、パフォーマンスの新しい方法/仕組みを作り出すでしょう。私はCNDCがこの方法と挑戦を続けることを本当に望んでいます。

②Angers滞在を通じて
 CNDCの授業参加と見学を通じて、私はフランス・コンテンポラリーダンスの状況の一端をかいま見る事が出来ました。CCNモンペリエのマチルダ・モニエもそうですが、CNDCでもエマニュエル・ユインがダイレクターを務めている事から分かる通り、現在のフランス国立・公立部要機関の多くが、80年代に登場したヌーヴェルダンスの影響化にあるという事が出来るでしょう。いわゆるバレエやモダンダンス的な身体的躍動を主とした作品ではなく、コンセプチュアルで、かつ興味深い視覚表現を持った作品を歓迎する方向性を持っています。学校の授業では駒になる様な卓越したテクニックを持ったダンサーを送出するのではなく、一人ひとりがアーティストとしても活動していける主体性を持った人材を生み出そうとしています。(ポストグラデュエイドの学校であり、全ての学生が他の機関で一通りのテクニックを既に習得しており、その次を指向しているという側面もあります。)だからどちらかというと授業内容も、ただ踊るだけの様なものより、クリエイティヴプロセスの類い、或は私が滞在していた際に行われたトリシャ・ブラウンレパートリーのように、フィジカルでも、その運動の仕組みや意義をとらえる事を大切にしているものが主であるわけです。
 ではこうした授業を通して目標通りに学生が育っているかと言えば、実際に彼らと接してみると、なかなか上手くいっているとは正直言えないなと思いました。彼らは自分たちが「アーティスト」であるという事を少々鼻にかけている様なところが少しありました。もし彼らが本当に今後作家として活動していくならば、その技術と感性を磨いていくためには、真摯な姿勢を持つ必要があるでしょう。多種多様な考え方や価値観に触れていくには、自分が既に持っているものを優越的に扱う事が障害になるからです。
 彼らがそうした姿勢を持っている原因の一つとしてまず考えられる事は、授業の中で彼らの創造性を肯定しようとする事で、逆に何を作ろうとも、どんな作り方であろうとも認めてしまうが挙げられると思います。それによって、学生に必要以上に自信を持たせすぎてしまっているのではないでしょうか。また学校のスタッフも、彼らを選ばれた人として扱っている様なところが少々あるのではないかと感じました。さらにCNDCの学生は給与を受け取りながら授業を受けているので、そうした気持ちが余計育ち易いのでしょう。
 では彼らの前途が暗いかというと、とりあえずはそうでもないのです。フランスでは文化振興が盛んで、ある程度のクオリティーの作品を作る事が出来れば、創作の場、機会、助成金を得る事が他国に比べてずっと容易なのだそうです(といっても状況は変わりつつあるそうですが…)。フランスに滞在して初めて、フランスで活躍するフランス人アーティストが私がそれまでに知っていた以上にたくさんいると知ったのですが、彼らのうちの多くが、フランス国外で活動する事が殆どありません。私が推測するにそれは、教育機関から、彼らが活動する市場まで、フランスという国内だけで全てがまかなう事が出来るからだと思います。しかしそうした状況のままで、これからの未来を築いていく学生たちもそれに甘えているようでは、今後作品の平均的クオリティーはどんどん低下していってしまうのではないでしょうか。
 Jerome Bel、Mathilde Monnier、Xavier Le Loi、Magui Maranなど素晴らしいアーティストをフランスはこれまで排出してきましたが、今後どうなるかは分からないな、と感じました。この滞在の後、ポルトガルに渡り、そこで幾人かの若いポルトガル人アーティストに出会いましたが、モチベーションも、彼らの作品のクオリティーもずっと高いものでした。
 後日談になりますが、一月に再度CNDCを訪れた際は、新学年の生徒をオーストリア、トルコ、ブラジルなどでのオーディションからも迎え入れていました。CNDC自体もこうした危機感を持ちつつあるのかもしれません。