| <1> danceWEB Europe 2006プログラム概要 danceWEB Europeは5週間に渡るコンテンポラリーダンスのフィールドを対象とした集中学習プログラムです。若手(10代後半~30代前半まで)ダンサー/ダンスアーティスト/振付家をヨーロッパを中心に世界各国から募り、選出します。例年50名前後の参加者が選ばれます。本年は64名の参加者が次の国より選ばれました。 <2006年度参加者出身国一覧> オーストリア、オーストラリア、ベルギー、ボスニア、ブラジル、ブルガリア、カナダ、チリ、コロンビア、クロアチア、キプロス、チェコ、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、イタリア、イスラエル、イラン、日本、韓国、メキシコ、オランダ、ニュージーランド、ナイジェリア、ノルウェー、フィリピン、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、セルビア、スロヴェニア、南アフリカ、スペイン、スウェーデン、スイス、台湾、トルコ、イギリス、ウルグアイ、アメリカ (各国1名ではありません) プログラムは、ヨーロッパ最大級のコンテンポラリーダンスフェスティバルである「ImpulsTanz」を母体としており、フェスティバルにおける1)ワークショップ及びリサーチプログラムという実習への参加、2)パフォーマンス鑑賞、を中心とし、さらに加えて、スカラーシップの参加者のみによる3)アーティスティックコーチとのグループワーク(ミーティングなど)を行うのが、主な概要です。 1)ワークショップ及びリサーチプロジェクト ワークショップとリサーチプロジェクトには次のような違いがあります。 前者は通常の講習形式を持っており、2~3時間先生によって導かれる授業が5日間5クラス(Weekday)、または週末(土日)集中的に4クラス行われるのを基本単位としています。参加者は100以上あるクラスから自由に選択することができ、平日では一日2~3クラスを受けるかたちが基本となりました(ワークショップへの参加は無制限のため、希望すればいくらでもとることができましたが、体力的な問題があるため、現実的にはそれほど取ることができません。スタッフも当初より「現実的に考え、無理をしすぎないように。」とアドバイスをしていました。)。 後者は1週間から2週間全日一人のアーティストの先導でより集中的に実習を行うものです。アーティストに大きな裁量がまかされているため、ワークショップと同じようにトップダウンで長期的に学習をさせるものもあれば、アーティストが興味あるテーマについて参加者と共同で実験したりディスカッションを行ったりするものもあります。ワークショップと違い、希望者の中からアーティストによって10数名の参加者が選出されます。この際希望者はスカラーシップ生以外のフェスティバル参加者も含まれます。 会場はウィーンを代表する劇場であるBrugTheater(ウィーンオペラ座に次ぐ劇場です)の巨大な作業場・倉庫を用い、10のメインスタジオを設けていました。さらにウィーン市内の他4施設の会場を用い、合計15スタジオにて、フェスティバルの4週間ワークショップやリサーチプロジェクトが行われました。(フェスティバル全体では3000人ほどの参加者がおとずれる、まさにヨーロッパ最大級のワークショップ・フェスティバルです) 2)パフォーマンス鑑賞 フェスティバル"ImpulsTanz"におけるダンスパフォーマンスは、ウィーン市内における大小さまざまな劇場で毎晩幾つも催されます。スカラーシップ生はこれら全てを無料で鑑賞することができます。ただし、一晩に幾つものパフォーマンスが催されることもしばしばで、そうした場合はスカラーシップ生は、いずれかを選択する必要があり、決して全てのパフォーマンスを鑑賞できるわけではありません。また、連日の実習の疲労もあり、時には劇場に向かわず、休養の必要性についても、自分で検討しなければなりません。 招聘されているカンパニー、アーティストは、ヨーロッパで既にその評価が確かとされているカンパニーから、近年人気を得てきたアーティストまで、そのバリエーションの幅は広く、特に中欧西欧を中心とした現代舞踊の方向性を(端的なものではなく、より厚みを持った)まとまりとしてとらえることのできる、大規模なプログラム構成を持っています。本年パフォーマンスを行ったのは下記のカンパニー、アーティストです。**印は私が鑑賞したアーティスト/カンパニーです。 +Anne Teresa de Keersmaeker & Rosas(Belgium) "D'un soir un jour" ** +Miguel Gutierrez & The Powerful People(US) +"Retrospective Exhibitionist and Difficult Bodies" ** +Joji Inc / Johanne Saunier & Jim Clayburgh(Belgium) "Erase-E(X)" ** +Matsune & Subal Production(Austria) "store" ** +Emio Greco I PC(The Netherlands) "Hell" ** +Maguy Marin & CCN Rillieux-la-Pape(France) "Umwelt" ** -- MOZART CHOREOGRAPHIEN ** +Philipp Gehmacher(Austria) & Alexander Lonquich(Italy) on the piano „das überkreuzen beyder hände“ +Salva Sanchis(Spain) & Alexander Lonquich on the piano „Zehn Variationen in G“ +Johanne Saunier(Belgium) & Alexander Lonquich on the piano „Urban Bubbles - A study in old and new listening technics“ -- +Saskia Hölbling / DANS.KIAS(Austria) "Jours Blancs" ** +Hooman Sharifi / Impure Company(Norway/Iran) "we failed to hold this reality in mind" +Antony Rizzi's Moving Productions(Germany) "The Role I Should Have Done" +Marco Berrettini / *Melk Prod.(France) "NO PARADERAN" ** +Jan Lauwers & Needcompany(Begium) "Isabella's Room" ** +Grace Ellen Barkey & Needcompany(Belgium) "Chunking" ** +Cie Willi Dorner(Austria) "tanzkaraoke*version" +Jonathan Burrows & Matteo Fargion(UK/Italy) "Both Sitting Duet" **/"The Quiet Dance" +Barbara Kraus(Austria) "Fuck all that shit! We‘ve done our homework and now it‘s enough. The Company Freaks on Tour..." +Mathilde Monnier / CCN Montpellier(France) "frère&sœur" ** +Mathilde Monnier / Katerine(France) "2008 vallée - pièce pour 7 chanteurs danseurs" ** +Liquid Loft I Chris Haring(Austria) "Running Sushi" +Jérôme Bel(France) "The show must go on" **/ "Pichet Klunchun and myself" ** +Patricia Portela(Portugal) "Flatland1" +Superamas(Austria/France) "BIG 3rd episode (happy/end)" ** +Bill T. Jones / Arnie Zane Dance Company(US) "As I Was Saying..." ** +Lynda Gaudreau / Compagnie de Brune(Canada) "0101" ** +Raimund Hoghe(Germany) "Young People, Old Voices" ** +Par B.Leux / Benoît Lachambre(Canada) "Délire Défait" ** +Sidi Larbi Cherkaoui & Damien Jalet & Luc Dunberry & Juan Kruz Diaz de Garaio +Esnaola(Belgium/Germany) "D'avant" ** +Alexandra Bachzetsis(Swiss/Greece) "Gold" +Ann Liv Young(US) "Solo" +Maria Hassabi(US) "Still Smoking" +Jennifer Lacey(France/US) "Two Discussions of an Anterior Event" +Mette Ingvartsen(Denmark) "50/50" +Akemi Takeya / Rechenzentrum(Austrian) "So What!" +Ismael Ivo & Takashi Kako(Germany/Japan) "Apocalypse" ** +LISA / Nicolas Floc'h(The Netherlands/France) "Structure Multifonctions" ** +Hans van den Broeck & Cie. SOIT(Belgium) "en servicio" +Felix Marchand(Germany) "Mixtape" ** +P.A.R.T.S.(Belgium) „An Evening With P.A.R.T.S.“ +Salva Sanchis & Bruno Vansina Trio(Spain/Belgium) "Double Trio Live Vienna" +DD Dorvillier / Human Future Dance Corps(US) "No Change or 'freedom is a psycho-kinetic skill'" +Frans Poelstra & Robert Steijn(Austria/The Netherlands) "I am... in Concert - A solo for a club" ** 3)グループワーク/その他 danceWEBプログラムにおいて非常に個性的であり、またそこでの経験をより意義深くしているのが、このグループワークです。毎年1名または2名のアーティスティックコーチが選ばれ、その先導のもと、現在のコンテンポラリーダンスにおいて何が重要であるか、コーチと参加者が共に考え、時には実験をする時間・場が持たれます。本年はフランスを代表する振付家であるMathilde Monnierと、Loic Touseがコーチとして招かれ、週に一回「サロン」という場でディスカッションやインプロヴィゼーションセッションなどを行いました。コーチによってその方向性は大きく変わるものですが、志向としては、第一線で活躍するアーティストのありかたや考え方に、実際に触れ、また彼・彼女と直接に意見を交わすこと、また、世界各国の同世代のアーティストとも同様に様々な情報・意見を交換することで、若い参加者の視野を拡げ、刺激を与えることがあります。ワークショップへの参加やパフォーマンス鑑賞と言ったことだけでは実現し得ない、人と人とが実際に触れ合う(受け身だけにならず、自分の意見をお互いが率直に言い合う)、本当の意味で交流する機会を提供しているわけです。 プログラム期間に、私たちは滞在施設も提供されました。ホテルではなく、いわゆる学生ドミトリー(私設の学生寮のようなもの)、Studenthausに全ての参加者が暮らしていました。冒頭の前書きに書きましたので詳しくは省略しますが、こうした同じ屋根の下で共に暮らすことも、お互いをより深く知り合うことに、大変有効であったと思います。また、フェスティバルの提供のもと、格安で自転車を借りることができ、私を含め大半の参加者はこれを利用していました。日本で言えば京都と同じように、都市の機能がコンパクトにまとまったウィーンでは、自転車によって非常に有機的に活動することができました。 <2>参加を通じての感想・意見 1)ワークショップ・リサーチプロジェクトについて まずワークショップ/リサーチプロジェクトについては、それぞれの講師ごとに、簡単に記載させて頂きます。 >> week1 17/7 - 21/7 << 1. Rasmus ⒂me, Partnaring Adv. いくつかの短いピースを繰り返すことを通して、パートナリングに必要な、相手との呼吸の会わせ方や、リフトアップを練習していきます。例えば、二人で走って互いにもたれかかり、リフトに入っていくなど、正確に運動を再現するのではなく、関係性に置ける出来事を優先する振付けを練習しました。 2. Antony RIzzi, Forsythe Repertory Adv. Glen Gould演奏のバッハ「ゴールドベルグ変奏曲」に振り付けられたフォーサイスのピースを習いました。昨年も別の先生にフォーサイスのレパートリーを習いましたが、その時と同じ感想を持ちました。振付けに於ける運動を、そのメカニズムから根本的に捉え検討しているという点が、やはりフォーサイスの振付けの巧みさであると思います。また、インタヴューなどでフォーサイスが語っている通り、現象学的な繊細な視線を確かに感じることができます。ただ、アントニーの教え方は正直反発を覚えました。素晴らしいダンサーであり、人並みでない技術を彼が持っていることは分かりますが、だからといって、あらゆる生徒に対してもっと丁寧なコミュニケーションを取るべきなのではないか。すぐに覚えることの出来ない生徒に対しての辛辣な扱いにしばしば疑問を感じました。また、一緒に受講していた、同じくスカラーシップ生としてイスラエルからきている二人の男性ダンサー(共にバットシェバ、キブツで働いていたそうです)の技術力にも圧倒されました。 3. Janette Panetta, Ballet for Contemporary Dancers Int. 一人の先生を除けば、日本でいいバレエの先生に会ったことがこれまでありませんでした。それは、ただバレエの「形」を覚えさせることに終始される先生が多かったからです。しかしJanetteが教えてくれたバレエは、「形」を私たちが捉えるとき身体でどんなことが起きているか、どんな身体の出来事がその「形」を成立させているか、を詳説してくれました。例えば足を後方に伸ばして静止する時。彼女はまず上半身をしっかり倒して、それからそのカーヴを使って、必要なだけ起こしていく様教えてくれました。ルルベは、まず重心をまえにずらし、そして上方に立ち上がって行くことを教えてくれました。あるいは私の癖である、パッセの際にトルソを引き上げる癖を、根気づよく何度も何度も指摘してくれました。彼女の教えによって知った、バレエが持つ本当の意味での豊かさ(「形」は、単に表象だけに還元されない多くの出来事をダンサーの身体にもたらすこと)は、学ぶ喜びも醸成してくれました。そして彼女は頑張っている僕の姿を決して見逃さず、その度に暖かく褒めて下さいました。「JAPAN!!, Good!!」と言われるたびに、どれだけ嬉しかったことでしょう。なぜなら私はレッスンやクラスというものが苦手で、これまでほめられたことがまず無かったからです。必ずまた会いたい先生に出会えたことを、本当に嬉しく思いました。 >> intensive1 22/7 - 23/7 << Andrew Harwood, Contact Improvisation Int. ハーウッド先生は、昨年も受講しました。彼の授業は、コンタクトインプロヴィゼーションに於ける、基本的に必要なことをよく網羅しています。他者との接触/非接触を通じて相互の関係性から動きを導きだし、ダンスへと発展させていくこと。そうしたことを、いくつかのエクササイズ、例えばリフトアップの一例などを紹介し、学習していくことで理解していくという形です。特徴的なことを教えられる先生ではありませんが、そつのない良い授業を展開して下さいます。私にとっては、これまでにコンタクト・インプロヴィゼーションについて学んできたことを一通り確認することの出来る時間でした。 >> week2 24/7 - 28/7 << 1. Ted Stoffer, Contemporary Technique Int. Tedは昨年京都の暑い夏フェスティバルでも教えられていた方で、僕も顔は拝見したことがありましたが、その際は時間の都合などで私は受けることが出来なかったので、受講してみることにしました。朝の授業でしたが、始めから早速かなりきついヨガ(からインスパイアされたストレッチ)を展開し(友達とはいつも「burning Yoga」とよんでいました…)、これが僕には少し辛かったです。この週の終わり頃、これで少し右足を痛めました。授業の半ばからのコンビネーションは、かなりフリーなもので、スパイラルやジャンプ、フロアームーヴメントを挿入するなど、モダンダンス・コンテンポラリーダンスの典型的な感じでしたが、全体的にあまりまとまりがなく、明快な方向性を捉えることはできませんでした。 2. Janete Panetta, Ballet for Contemporary Dancers Int. week1で受講したのとほぼ同じ内容です。 3. Elisabeth Corbett, Forsythe Repertory Adv. 同じフォーサイスレパートリーのクラスでしたが、Antonyとは違って、とても穏やかな先生が指導されました。笑顔が絶えず、生徒が完璧にフレーズを覚えるまで根気づよく繰り返しました。時に私が果敢に挑戦した時は温かい言葉で褒めてくれました。しかし、これは皆終った後に話していましたが、逆にとても丁寧すぎることがあり、なかなかフレーズが先に進まず、少し消化不良にもなりました。このクラスでは、私以外に日本人ダンサーが3人おり、なかなか日本人を見ないこのフェスティバルでは少し驚きました。三人とも女性で、一人はドイツのカンパニーで働いており、一人はザルツブルグの学校に、また一人はウィーンで活動されているバレエダンサーでした。 >> intensive2 29/7 - 30/7 << intensive2は、クラスをとらず、休暇としました。フェスティバル期間中、この2日間だけが休みになりました。 >> week3 31/7 - 1/8 << 1. Catherin Helmesdorf, Ground Work Adv. フロアワークのクラスですが、いわゆる典型的なコンテンポラリーダンスのフロアワーク、リリーシングを中心に用いた授業ではありません。朝から何度もさまざまなバリエーションで(例えば片手でなどなど)逆立を繰り返したり、フロアへの激しい入り方何度も何度も行いました。特に逆立ちは、何度も繰り返すことで、今までなかなか理解出来なかった腰が垂直になる瞬間の感覚を掴むことができました。非常に積極的で明るい先生でした。 2. Flomin, Contemporary Dance Technique Adv. いわゆる典型的コンテンポラリーダンスの踊り方、リリーシングを多用したり、連続的運動を中心に展開する振付けを練習しました。教え方も丁寧で、特に不満はありませんでしたが、同じ様な内容の授業は正直何度か受けたことが合ったので、彼の特徴となる何かを感じ取ることは出来ませんでした。 3.Nita Little, Contact Improvisation Adv. コンタクトインプロヴィゼーションは、私がこれまでに学んだ中で、とても大切なテクニックの一つです。自己と他者が触れ合う中で動きが起こっていくというその原則、またそれに基づいたトレーニングの経験は、フィジカルにのみならず、様々な私の思索においても刺激を受けてきました。 しかしながら、例えばこのクラスを共に受講していた韓国人ダンサーたちもそうでしたが、コンタクトインプロヴィゼーションを、主にリフトアップなどのアクロバティックな運動を実現するために、単に「ダンス」のスタッフとして理解するといった考え方を持つダンサーが少なくないことも事実です。しかしそうやって単純化してしまうと、コンタクトインプロヴィゼーション本来の繊細さ、他者との接触によって生まれる、他者とどう関わっていくかという決断の連続とそれに伴うこころの波立ちを失ってしまいます。 Nittaの授業は、この見失われがちな原則にこそ向き合うという、非常にラディカルなクラスでした。彼女がクラスで行ったいくつものエクササイズで繰り返し説明していたことは、ただ二つのことです。相手に触れた際、何処で彼・彼女がその体重を支えているか(何処にアンカーがあるか)、またどの方向に彼・彼女が力が向かっているか(ベクター)を捉えなさい。彼女が言ったことを実践するためには、他者に触れたその瞬間に、頭ではなく自分の身体で、まさに瞬間的に(つまり共に動き続けるのだから連続的に)、他者の身体の構造とそのエネルギーを明快に把握しなければなりません。言い換えれば彼・彼女との あいだ で何が起こっているか(例えば他者に触れた/他者とともにある感覚)という、まるでまだ混沌としていて、複雑なそれを穿つ勇気と決断を「常に」迫られるわけです。そして、そのことによって、コンタクトインプロヴィゼーションの成立する条件ともいえる、「他者との接触」に対して、何か決まりきったスタッフ/テクニックをそこに仮構せず、全く真摯に向かうことをダンサーに促すのです。 しかし、言葉で表す以上に、実際にこれを実践することは大変にむずかしいことでした。常にまだ混沌である瞬間に立ち返ることは、一旦自分が学んできた自分自身の進呈的歴史を否定(しようと)する行為です。そして、そうした状態にして初めて、Nitaの言うアンカーとベクター、或は自分自身が学び知ってきたことを適応していこうとするのです。この、始まりにまるですべてを否定するということ、混沌の海へ戻るということは、いわば他者が他者(特定される....「誰か」であったり「誰でもない=知らない人」であったり)であることの境界が生まれる、その瞬間にまで切り込んでいくことで、私が私である曖昧な空間、それほどまでに戻らねばなりません。私が私の境界線をあやふやになるようになる時間がずっと続いたらどうなるか想像頂けるでしょうか?私は最終日にとうとう泣き出してしまいました。 それは同時に、コンタクトインプロヴィゼーションが、単にダンスのスタッフとして収まることのない可能性を秘めていることを証明しているとも言えるでしょう。人の心や哲学と複雑に交錯し得る状況をコンタクトインプロヴィゼーションは導きだすことが出来るのです。このようにNitaのクラスは、ここ数年受けてきたコンタクトインプロヴィゼーションクラスの中で最も興味深く、示唆あるものでした。 >> week4 << Philippe Riera/Superamas, Coaching Project "Performing Performance" ダンサーの存在感(presence)を高めるにはどうしたらいいかというテーマを中心に、特にrecontextualizeの手法について集中的にリサーチを行いました。Superamas(collective)の中心的存在であるPhilippe Rieraが導き、参加者は10名程でした。 SuperamasはParis/Wienを拠点に活動しているカンパニーで、近年ヨーロッパで大変人気が出てきています。私は彼らの"Big 2nd Episode"を2005年にSalzburgで、また今回のフェスティバルで"Big 3rd Episode"を拝見しました。既存・自作の映像や音をまるでコンピューターで編集したかのように切り刻み、舞台上のダンサーの動きとクロスさせる、コミカルな演出を特徴としています。例えばいわゆる口パクを使い、様々な素材から引用した音声を舞台上で、オリジナルの音声の状況にはこだわらず再現します。そして全く同じシーンを何度も繰り返しながら、舞台上のダンサーの動きだけを少しずつ変えていきます。ダンサーはいわゆるダンス的な運動は行わず、シアトリカルな動作しか用いません。見た目的には完全に演劇であるといいきっていいかもしれません。 CoachingProjectでは、こうしたSuperamasの手法を紹介しながら、それを使って参加者とPhilippeが様々な実験を行っていくという形で行われました。まず行ったのが、映像からの引用でした。映画のワンシーンをヴィデオで見て、それを舞台上で再現します。次にPop Musicを聴き、その歌詞に感情を浸していくというエクササイズを行いました。共に彼が求めたのは、そこに「入り込む」こと、疑問や躊躇を持たずにその世界に自らを没入させることで、そのことによって、身体が言いようのないPresence(存在感)を持つと説明していました。 確かに彼の言う通り、人が集中して何かに向かっている/入り込んでいる様は気迫とでも表せるかの様な、見るものを引きつける何かが生まれるのは確かなのですが、僕としてはわざわざそこに意識的に入ろうとすることがどうしてもfakeとしか思えずいまいち賛同できませんでした。むしろ意識する以前の様々な出来事、その複雑さのただ中にいる今の瞬間に目を向け、映像や音楽と触れ得ることが、その複雑さにどう関与していくのかに目を向けるべきなのではないか。というようなことをPhilippeに初日の終わりに話しましたが、彼はあまりピンときていなかったようでした。 ともあれ、その次に、recontextualizeの手法についての実験を行いました。recontextualizeとは簡単に言えば、舞台上で示されている出来事、それが「なんであるか」をオリジナルのものとは違うものに入れ替える(このリサーチにおいてはしばしば後付け的に形容することも)ということです。例えば、最初に行ったエクササイズでは、まず参加者全員一人ひとりがソロを踊ります。次に、全く同じソロを順に踊っていきますが、今度は観客であった他の参加者が、そのソロによって連想された単語、コメントなど、ともあれ何か言葉を白い紙に書き、舞台上で各々自らその紙を掲げていきます。私は私の以前の作品でつくった非常に短い振付けを疲労しましたが、それに対して「peaceful man」「I am really kind.」「(日本語で)美しさ」といった言葉を友人たちが示してくれました。「peaceful man」は作品の説明となり、「I am reallly kind.」ではまるで私のセリフのようであり、「美しさ」にいたっては、コメントを書いた人の感想が、そうしたもの以前であったソロと同時に現されるわけです。作者(例えばこの場合であればソロをつくった私)にとってのcontext(内容=正確な何かでなくとも)を、別な人のcontetxtに置き換えようとする運動がこうして行われているわけです。あるいは別のエクササイズでは、全員で順に単語を書いていき、一つの文章を作り出すことを行いました。この場合は、前の人が書いていたものを、まさに次々とrecontextualizeしていくわけです。 recontextualizeの手法は、様々に捉えることが可能な興味深い方法です。まず本来作家の志向が直接的に観る人(聴く人、感じる人etc...)と直接触れ合うのが通常の芸術であれば、recontextualizeを行うことは、その触れ合いを分ち、他なる視点を介入させる行為と言えます。緩衝材=クッションと言ってもいいかもしれません。次に、本来の志向に対するrecontextualizeの行為における志向こそをアーティストの志向と捉えれば(特にアーティスト自身の作品ではなく何かの引用を始めにおいている場合)、観る人(聴く人、感じる人etc...)は、もとの志向とアーティストの志向の立ち位置の違い、二つの間にある距離感を見ることが出来ると言えるでしょう。さらには、この距離の感覚をより発展させれば、<もとの志向>、<アーティストの志向>、<観る人(聴く人、感じる人etc...)の志向>の三者がダイナミックに関係性を変化させていく様を見ることの出来る可能性があります。通常の会話を考えれば、二者の会話においてあらゆる言葉は他方に向かうのと違い、三者における言葉は、しばしば他者の他者へ向かうことがあります。これと同じように三者の関係性の変化がダイナミックになることで、各々にとっては、それぞれが発する言葉(なり何なり)の関係性における「重み」が多様に変化していくことになるとも言えます。(もちろん三者に加えて社会的な制度などが加わりより高度に複雑な関係性も想定出来ますが、多くの人々にとって理解し易い劇場空間のマテリアルに限定した関係性において、この三者間の関係性を導くことは、容易に「関係性のダイナミズム」(及びそれによって起こる様々な感覚、思考、etc...)を提示することが出来る手段であると思います。) しかしながら、残念なことは、Philippe自身はこの手法に対してこうした思索に積極的だとは思えませんでした。recontextualizeの手法によってユーモアないし何らかのエネルギーが生まれ、観客にとって意義の感じられるシーンが実現する、そのことだけで満足しているわけです。Superamasの作品を始めて見たとき、例えばフォーサイスやケースマイケル、ヴァンデケイブスといったアーティストが圧倒的身体性→視覚的圧倒性によって成しているのとは異なった手法を用いながら、高いクォリティーを実現していることに驚き、また新しいダンス/パフォーマンスの可能性を僅かに感じたのですが、結局、彼も「圧倒的な何か」を実現しようという行為へ向かうことに何の疑いもないという点で大した変わりはなかったわけです。多くの発見とともに、残念な気持ちもあった5日間でした。 2)パフォーマンスについて パフォーマンスは、ほぼ毎晩1~2つの作品を鑑賞するというペースで、その膨大な量全てについて触れることはとても困難ですので、特に印象に残った作品・作家について取り上げたいと思います。 《Jerome Bel "Show Must Go On》 これは、プログラム中に記述した文章をそのまま載せさせて頂きます。なお、これを英訳し提出した文章は、ImpulsTanzのホームページ(www.impulstanz.com ->extra/danceWEB reviews)において閲覧ができます。 popミュージックの持つ力とは何だろうか。"Show Must Go On"を見て、僕の頭に浮かんだ最も大きな疑問はそれであった。Performanceが終わった後に友人が話してくれたが、JeromeはただPOPソングを並べて遊んだだけだと語ったという。しかしこの作品の構造が、劇場での観客の異様な感情的行動を引き起こした。Edith Piafの歌声にのせて踊り始める。Imagineがかかるなか、ライターの火を揺らし始める。Sound of Silenceを口ずさみ始める。舞台上で起きていたことは、観客席での出来事よりずっと質素だ。20人弱かと思われるダンサーたちがリズムに合わせて腰をふったり、簡単なステップをふんだり。あるいは歌詞にあわせた短い「演技」を繰り返したり。つまりダンス自体が観客の感情的行動を誘発するような、いわゆるグルーヴ感は一切ない。しかし同時に、ダンスが歌を邪魔するようなことも殆どない。観客はそれぞれの歌をBGMとしではなく、確かな存在感のある一個の要素として聞くことが要求されていた。 Popソングは、まず広く公衆に訴え、また浸透することを目指す(或は結果的に浸透する/した)。例えば覚え易いシンプルなメロディーやリズムを用い、恋愛などの共感し易い題材を歌詞に落とし込む。聞き手の感情を誘発する(揺さぶる)のだ。そしてそれぞれの個人的状況と接点があれば、その(感情の)運動は激しくなり(思考が広い面積をたゆたうのであるから)、Popソングとその状況との間に強固な結び付きが発生する。感情の運動にともなって発生する身体的運動(律動的な運動など)を含めた、リスニングした状況もまた、この結びつきに絡みとられる。つまり、その歌を聞いたその瞬間におかれた聴き手の状況と、加えて彼/彼女のさらなる過去の出来事が、メロディーや歌詞によって表象されるようになるのである。非常に広範で多様な個人的歴史との結びつきが、生み出されるのだ。そして時を経てその歌が耳に入れば、聴き手において結びつきが再現され、接続している要素を呼び起こすのだ。 "Show Must Go On"において起きた出来事は、それぞれの観客が、流されたPopソングによって、こうして記憶が呼び戻されたからであると僕は考えている。それはおそらくJeromeの望んでいたことではないだろう。いかに舞台上での出来事を奇異なものに仕立てようと企図していたとしても、形式としては典型的なダンス作品と同様に"Performance"として成立するよう想定していただろう。しかし彼がつくりだしたPopソングを主軸とする構成は、自らのかたちを危うくさせるものにしてしまったわけだ。言い換えれば、"Show Must Go On"において引き起こされた出来事は、そこでおこったことを"Peformance"のうちに収まらない"Phenomenon"として理解するよう促したように思う。つまり、ダンスを鑑賞するというあたかも閉じた状況を、個人の存在に深く関わり、通過することで、そこにも社会への開けた接続可能性があることを示し得たのではなかろうか。少なくとも僕にとって、日々のなかで、時に強く意識することなく耳に入れていたPopソングの存在を捉え直す、貴重な時間を与えてくれたように思う。 しばしば芸術作品は、当初の企図を超えたところで評価される。この作品も、ひとつの事件として、また、事件をつくりだしたJeromeの才能を、記憶にとどめるべきであると僕は考える。 《Mathilde Monnier "frère&sœur" / "2008 vallée - pièce pour 7 chanteurs danseurs"》 マチルダ・モニエは日本において殆ど誰も知りません。しかし、彼女はフランスを代表する振付家の一人です。レジデンシー施設であり、また付属教育プログラム(e.x.e.r.c.e.)ももつCCN Montpellierのダイレクターを務めており、フランス国内での評価は、例えればベルギーにおけるケースマイケルに匹敵するとフランス人の知人の話を聞きました。 私も今回の参加を通じて初めて知ったのが正直なのですが、作品を拝見させて頂いて圧倒されました。""は、舞台上で入れ替わり立ち替わり現れる10数名のダンサーたちがケンカをし続けます。いわゆるダンス的な動きは一切ありません。""は、フランスで人気のある歌手Caterineをゲストに招いてつくられた作品で、4人のダンサー/シンガーと共に彼のレパートリーが常に歌われます。この作品でもダンス的な動きは使われません。簡単に言えばシアトリカルな運動と書くことが出来ますが、しかし全ての運動は即興でなく振り付けが全て決まっています。身体/空間の使い方が絶妙で、圧倒的な身体そのものが決して現れないに、力強いエネルギーを舞台から受け取りました。 何より驚かされたのが、マチルダ自身が両作品とも出演していることでした。後者の作品では歌まで歌っているのです。彼女ぐらいの評価を受けたアーティストなら、自ら踊ることをやめ、ダンサーに振り付けることに専念する人が少なくありません。作品はもとより、マチルダモニエという人自身にも感銘を受けました。 《Maguy Marin & CCN Rillieux-la-Pape "Umwelt"》 舞台上には等身大の鏡が何十枚も互い違いに置かれています。そして舞台料サイドから凄まじい強風が常に流され、その鏡が波打っています。観客はこの鏡の合間を縫って、ダンサーの動作を垣間見えるようになっています。彼らが見せるのは、一見私たちの日常の風景を切り取ったかの様な動作です。植木鉢を運んでいたり、赤ん坊を腕に抱えていたり、一人の女性が走っていくのを男性が追いかけていったり。彼らが既定類焼も、日常私たちが着ている様なありふれた洋服です。まるで"典型的な"私たちが思いかベル日常をわざわざ見せているようにも思われました。そしてその日常の中に、フッと政治的なイメージが差し挟まれます。ダンサー外傷をそのままに、軍隊のヘルメットをかぶって、銃を構えながら歩いていきます。また後半になると、ダンサーたちが舞台手前に、植木の土や赤ん坊の人形など様々なものを投げ捨てていきます。それは人々の生活の残滓を積み重ねている様です。 "Umbelt"とはドイツ語で世界という意味です。マギーマランは、私たちの日々の生活を象徴的に描いているわけです。吹き続ける風は、私たちを取り巻く社会/社会性であり、それに翻弄されながら私たちの日々の行いは見え隠れ筒繰り返されていくのです。マギーマランは日本でも「Maybe」などで80年代から知られた、ヌーヴォーダンスの代表的存在ですが、現在でもこのように力強い作品を創り続けている事を知りました。また、例えばピナバウシュは、近年若いダンサーをカンパニーに迎え入れ、その躍動的身体を使う、バレエやモダンダンス的手法に頼り始めていますが、彼女は対照的に、そうした既存の手法を使わず、全くゼロから作品を組み立ているように思われました。 3)danceWEB参加全体を通じて感じたこと/考えたこと danceWEBは、私にとって初めて選ばれた海外のプログラムであり、また初めて参加する国際プログラムでした。ですから、そのプログラム内容のみならず、応募から選出後の準備に至るまで、全てが初めての体験でした。 danceWEBを知ったのは、2005年にImpuls Tanzに自費で参加した際です。受講したあるCoaching Projectでは多くの参加者がこのスカラーシップ生でした。彼らは遠く異国の地からやってきてビクビクしている私に比べ、堂々とし、また心から楽しんでいるように見え、とても羨ましく思いました。その際自宅に泊めて下さっていたウィーンの友人が、「来年はスカラーシップに挑戦してみたら?」といってくれたことが応募のきっかけでした。 選出されてから、その資金集めに奔走することになったのは、このレポートを読んで下さっている多くの方が知っている通りであると思います。それまで個人でアルバイトをしながら資金を集め、作品を作っていくというスタイルが中心であったので、文化支援を行っている公的な機関にコンタクトをとるのは、この時が初めてでした。そして、様々な機関と連絡を取り、断られることを繰り返す中で、日本の多くの人におけるコンテンポラリーダンスに対する姿勢というものを良く知ることが出来ました。danceWEBのアプリケーションでは映像資料を全く送っておらず、私は選出されたとき、それはダイレクターやスタッフが、私の経歴とモチベーションの文章から未来の可能性を読み取っり、それを信じてくれた故だと感じました。これに対し日本の多くの公的機関は、これまでの活動の結果ばかりを見ていて、これからの未来を見つめることへの積極的な姿勢を感じることが出来ませんでした。互いを対比することで、よくその違いがわかりました。(また、そういった困難な状況の中でも暖かい支援をして下さった方々に、深い感謝の気持ちを抱きました。有り難うございました。) プログラムに参加してからは、何よりその国際的な状況、様々な国々からの参加者と暮らす中で、初めて知ることばかりでした。前書きでも触れました通り、単純に様々な国の文化状況を聞くだけでなく、むしろ、そうした多様な状況において、たくましく、また人としての暖かさを失わずに生きる同世代のアーティストの姿勢に心打たれ、励まされました。例え今自分が住む日本のシーンが、コンテンポラリーダンスに対して理想的ではないにせよ、決してそれに流されるのではなく、彼らと同じように私も、自分が感じたこと、正しいと思うことを信じ、誇りと責任を持って活動していこうと彼らとの出会いを通して決意しました。 また、膨大な数のワークショップを受講し、パフォーマンスを鑑賞することで、一体自分が何が好きなのか、嫌いなのか、自分の価値観を見つめる時間を持つことが出来ました。特にマチルダ・モニエやマギー・マランの作品など、日本ではなかなか上演されないシアトリカルな演出方法を用いながら、非常に高いクオリティーの作品群との出会いは、ダンスを単純なフィジカリティーに還元しようとする思考から私を解放してくれ、さらに自分の思索を深めていく勇気を与えてくれました。 加えてここで得た人々との出会いが、danceWEBプログラムの後旅を続ける中で、具体的に大きな助けとなりました。何よりも各地で、友人が家に無料で宿泊させてくれたことは、経済的負担を軽減させてくれたとともに、ただ観光客のように訪れるのとは全く異なった経験を与えてくれました。また、メンバー間では様々なプログラムやオーディションなどの情報が積極的に交換されています。まだ深くヨーロッパのシーンにコミットで来ていない僕にとっては非常に貴重な情報源です。11月ポーランドにて参加したPointe to Pointも、友人が送ってくれたメールを読んで応募し、選出されました。 danceWEBが私にとって何であったか、それを一言で言い表すことはとても難しいです。それ程濃密な五週間、一生に一度しかない日々でした。しかし、danceWEBへの参加が私にとって「プロフェッショナル」アーティストとしての一歩になったということは間違いないと思います。
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