ここは、先に作成したゲット戦記 くじら編の姉妹サイトです。ゲットが編集してます。 ゲット戦記 くじら編では、キリスト教の基本知識について、聖書の創世記から順序だてて、初心者向けにまとめてありますが、ここでは、それらの知識を踏まえ、ゲットが学んだこと、思っていることを、ゲットのメモがわりに作成してているそうです。従ってゲットの誤った理解が含まれている可能性があります。ゲットは誰かに自分の誤解を指摘して欲しいと思っているらしいです。 罪がある人間とは、自分の中のモヤモヤしたものを、誰かに切り崩してもらいたいという願望をもった動物なのではないでしょうか。ゲットも罪のある人間、あなたも罪をもった人間です。罪を洗い流せるのは、イエスの血だけ。 可謬性(fallibility)とは、 人間の知識は、完全に真理に到達したかどうかを確証する方法はなく、 ひょっとしたら間違っている可能性があるということです。 カトリックでは、教皇や公会議で決まったことは、無謬=不可謬である(infallible)とされているそうです。教皇不可謬説(papal infallibility) まずは、祈りについて考えてみます。 ∧,,∧ (;`・ω・) 。・゚・⌒)何でも書くよ!! / o━ヽニニフ)) しー-J |


マルコ 12:30
心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』
マルコ 12:31
次にはこれです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』この二つより大事な命令は、ほかにありません。」
Mark 12:30
Love the Lord your God with all your heart and with all your soul and with all your mind and with all your strength.
Mark 12:31
The second is this: 'Love your neighbor as yourself.' There is no commandment greater than these."(NIV)
ヨハネ 14:23
イエスは彼に答えられた。「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます。
ヨハネ 14:24
わたしを愛さない人は、わたしのことばを守りません。あなたがたが聞いていることばは、わたしのものではなく、わたしを遣わした父のことばなのです。
ヨハネ 14:26
しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。
<< John 14:23 >> NIV
Jesus replied, “If anyone loves me, he will obey my teaching. My Father will love him, and we will come to him and make our home with him.
<< John 14:24 >> NIV
He who does not love me will not obey my teaching. These words you hear are not my own; they belong to the Father who sent me.
<< John 14:26 >> NIV
But the Counselor, the Holy Spirit, whom the Father will send in my name, will teach you all things and will remind you of everything I have said to you.