|
その後の数日間はただ生きることに必死で、豆腐屋再建は遠く叶わない夢の出来事だと思っていました。
そんな時期に食べた豆腐。
豆腐ってこんなにも美味しいものだったのかと、
衝撃を受けました。
被災して水や食料に不自由をしている
そんな食生活の中にあって、
豆腐、納豆などの大豆製品はなんて美味しく感じるものなんだろうか!
まさに、DNAが要求していた味でした。
それからは、
私はやっぱり豆腐屋を再建させなければいけない。
豆腐を作ってここ気仙沼でまた豆腐を売りにあるかなければいけない。
そう思い始めました。
数日後、瓦礫の中から奇跡的に馴染みの「とうふラッパ」を発見しました。
吹いたらちゃんと音がでました。
そんな出来事も
営業再開に向けて準備する気持ちを後押しするきっかけになりました。
何をどう進めていったら良いのだろう。
暗中模索の日々が続きましたが、
目標を「豆腐屋再建」に定めた私に対して
思いがけず、暖かい手を差し伸べてくれる方々が現れました。
そして全国の名も知らない人々も、助けてくださいました。
わたし個人の力ではどうしようもなかった状況の中で、
本当にたくさんの方々の応援や励ましを受けて
ようやく営業再開の道筋が見えて参りました。
私を助けてくださった日本全国の皆様に私ができる事。
心を込めてつくった「復興どうふ」を食べていただきたいと思っています。
一歩一歩、立ち上がって、皆さまに感謝の気持ちをお届けします。 2011年9月19日
マサキ食品
五代目当主
千葉 淳也
|



